第27話 旅を始めて四日目
ボクとベルさんとグレッグの三人はエルフの町を出て近くにある人間の街を目指し旅を続けていた。
ここに至るまでの道中は想像以上に過酷で、とにかく森の天気が変わりやすく大雨や雷雨に見舞われたり、大量の魔獣に襲われたり、大きな川を渡していたはずの橋は大雨の増水で壊れたりして苦難の連続だったがなんやかんや楽しみつつ乗り越えてきた。
どれも魔法なしでは対処できなかった事案だ。
(ちなみに橋はボクの土魔法で新たな橋をかけて解決した)
魔力そのものはまだ問題ないが精神的な部分での疲弊が目立ってきた頃「そろそろ着くよ」とベルさんが言った。ボクはそう言われると一気に元気が出た気がする。
「ようやく普通のベッドで寝れるなぁー」
グレッグは土のベッドで硬くなった身体をほぐすように大きく伸びをしながら嬉しそうにそう言った。
四日ほど土のベッドで寝起きしていたので午前中は身体のあちこちが硬直しているのでボクも嬉しい。
ベルさんは収納魔法とやらが使えるらしく自分用の寝袋を持ってきていると聞いた時は喉から手が出そうなほど羨ましく思ったものだ。
「収納魔法かぁ……」
「だーかーらー!いくらハートでも収納魔法は無理だって!才能あるエルフが百年単位で修行してようやく使えるか使えないかみたいなものなんだからね!」
ボクの呟きにベルさんが即座に反応する。
「百年単位……人間のボクには無理だな。使えたら楽なんだけど……」
そういえば
馬車とか使っていたのかな?
「でもさ、楽だって言うなら移動魔法のほうが絶対楽だろ。崩剣の魔力なら距離制限なしでどこでも瞬間移動できるだろうし、今こうして三人で歩く必要もなくなるし」
と、索敵役を兼ねて先をいくグレッグがコチラを振り返りながら言うとベルさんが「わかってないなぁ。こうやってみんなで歩くのが楽しいんじゃない」と呆れるように反論した。
ベルさんの言い分はわかるが……足が棒になるのでできれば楽したいな。
うーん。しかし移動魔法、そういうのもあるのか。
それで瞬間移動ができるなら収納魔法なしでも問題なく旅ができるな。
「ねぇ!グレッグ、移動魔法ってどんな風に唱えるか知ってる?」
ボクは前を行くグレッグに訊ねる。
「あぁ、まぁ色々あるけど、一番有名なのは術者が自身を移動させるやつで、『
「ダメっ!!」
グレッグとベルさんが制止するより前にボクはグレッグの言葉を復唱してしまった……。
「『
――――――
「――ってどこだここ?!」
魔法を唱えると同時に全く知らない場所にボクは移動してしまったようだ。
恐らくどこかの国の偉い人の部屋なんだろう。
……目の前に立つ男性の出立ちでわかる。
「ちっ!ハート=エンゼルファー……やはり生きていましたか」
男性は急に現れたボクに驚くでもなくそう言って手に持っていた本を閉じた。
ぱっと見、学者然とした装いに包まれ、舌打ちを除けば丁寧な雰囲気だが、ボクを見るその目は明らかな殺意に満ちている。
たった十三年程度の記憶しかないボクでもすぐにわかった。この人は敵だ。
男性はなにも語らず殺意に満ちた目でボクの方を見ている。まるで警戒する獣の雰囲気で、ボクの一挙手一投足を見逃さないように観察される。
ボクも思わず見つめ返すと口が小さく動いているのに気がついた。
「静音、無音、喪失、亡失、――」
なにか、ぶつぶつと言い始めたぞ。
目が虚……?いやアレはなにか……集中してる様子だ。
どうにもイヤな予感しかしかない。
帰りたいし帰らなきゃならない!ベルさんとグレッグの元へ。
何かされる前に逃げるが勝ちだ!
ボクは覚えたばかりの魔法をもう一度使う。
「『
「『
…………
「くそっ!逃したかっ!…………移動魔法を再使用時間無視で使えるなんて相変わらずの規格外ぶりですね……。ルーシーたちに連絡し……たらまた無駄に怒られそうだし黙って出ていくことにしましょう。……しかし、対移動魔法用の魔術防壁をぶち抜いてくるあんな化け物からどこに逃げれば……?いや何か様子がおかしかったですね……すぐに攻撃して来ずオドオドしてて、まるで……出逢った……頃のような……?まさか記憶が?」
…………
「「ハート!」」
二度目の移動魔法で無事、二人のいたところへと戻ったボクは二人に今会った人について訊いてみた。
するとグレッグは「レヴィ=アータントだな」と即答した。レヴィ=アータント……聞き覚えがない名前が出たことでボクは頭にハテナが浮かぶ。
そんなボクを見かねてグレッグは補足してくれた。
「レヴィ=アータント。人間、二十四歳、元々は王宮魔術師団に十二歳で入った天才魔術師で――」
「――ちょっと待って!情報が多いよ!なんでそんなに詳しいの?!」
「みんな知ってるわ。それくらい有名だから」
「そう!姫様の言うとおり超有名人。なぜなら勇者パーティにいたし――」
勇者パーティ……つまりボクの仲間だった人……アレが仲間に向ける目線だったか?
なによりボクに向けて何か魔法を使いかけてたし……。
「――お前が現れるまで『崩剣候補』だったんだから」
「…………え?崩剣候補?」
それって……?とボクが促す前にグレッグは興奮したように話し続ける。
「そう!アータントが十二歳で魔術師団に入ったのも『崩剣』として育て上げるためってウワサが流れるほどの使い手だったらしい!出力はもちろん、オリジナルの新しい魔法もバンバン開発する天才って呼ばれてて、中でも一番有名なのが『
「……それは、物騒だね」
「魔封魔法って呼ばれてるんだけど、生み出したアータント本人ですら条件が整わないと使えないほどの大魔法らしいぜ!」
グレッグは嬉しそうで楽しそうに語る。
グレッグがこれだけ楽しそうなのには理由があり、エルフでありながら実は魔法があまり得意でないらしい彼は、崩剣(ボク)のように人間という魔法が不得意な人種でありながら魔法が得意な人に憧れのようなものを持っているらしい。
自分ももしかしたらいつか、と言ったところだろう。わかる気がする。
きっとグレッグからすればさっきの男性も憧れの対象なのだろう。あの冷たい殺意の持ち主でさえも。
「それってどんな魔法なの?」
「あぁ、なんでも音がしない空間を作り出すのと同時に対魔法防壁を二重に張って魔法を発生させないらしい!すげー発想だよな!」
盛り上がるグレッグと真逆にボクのテンションはどんどん落ちていく。
頭の中でモヤモヤとしていた部分が晴れていき、わかってきたことがあるからだ。
「……ハートを本気で殺そうとするなら、まず初手で出すべき魔法ね」
ボクがコチラへ戻ってきてから沈黙を貫いていたベルさんがボクよりもさらに暗い表情でそう言った。
「はい。ボクもそう思います」
『崩剣』それは『この世の全てを打ち崩す剣の擬人化』という意味だとグレッグが言っていた。
そんな二つ名をつけられたボクがどうして記憶を失ったのか、なぜ普通の記憶喪失なら治せる専門家のエン婆が無理だと言ったのか。
記憶を失って目覚めたあの時ボクはなぜボロボロの服を着ていたのか。
誰がどうすれば
それらの謎が少し解けてきた気がした。
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