第25話 食欲に勝てない2歩目
嗚呼……ボクはなんて弱いんだろう。
肉の焼けるニオイに釣られ、食欲に完敗したボクは先程まであれほど忌避していたはずの魔獣肉を貪るように食べてしまう。
「どうだ?獣臭いけどクセになるっていうか普通に美味いだろ?」
グレッグはその可愛らしい顔や身体を血だらけにしながら肉を捌いては焼いてくれている。
そしてボクはそれを食べる、食べる食べる。
言われると確かに臭い。
雨に濡れた犬の香りが口の中に広がり鼻を抜ける、はっきり言ってかなり臭い。
だが、それ以上に美味い。
肉や脂を久しぶりに摂取したからか全身が喜んでいるのがわかる。
「……パンが欲しいっ」
とりあえず目の前に置かれた分を余さず食べ切ったボクは無意識のうちにパンを求めていた。
コレをパンで挟んだらどんなに美味しいだろう。
「どうやらお気に召して頂けたみたいで良かったよ」
グレッグはニヤニヤと笑みを浮かべて自分の分であろう肉を焼いている。
「これには美味い、としか言えないな。お肉自体食べるのが久しぶりっていうのもあるかもだけど、身体に元気が戻ってきてる感じがする。魔獣の肉がこんなに美味しいなんて知らなかったよ」
「人間の街に出回るのとは鮮度が違うからなー。こっちのは『生きる力』みたいなのが巡るんだろうな。猟師のジッちゃんがそんような事言ってたわ」
わかる気がする。
肉と脂が血管を巡って身体全体に活力をくれた。
……くれた。
くれた。
が、とにかく臭い。
食べ終わった後の息も臭い。
鼻の中にニオイがこびりついたような臭さだ。
「このニオイさえなければ……」
ボクは鼻を片方づつ抑え、鼻から息を吐くが全然効果がない。実際あり得るのかわからないけど、喉からもニオイが戻ってくるように感じる。
「ハーブとかがあれば臭い消しに使えるんだけど残念ながら俺にその知識がないからなー……」
グレッグは今食べる分以外の部分を切り分けている。
あれは日持ちさせるために燻製にするといっていたが時間がかかると言っていたな。
「……ボクの風魔法で干し肉とかにできないかな?」
燻製と干し肉、どちらがどれくらい時間がかかるかボクにはわからないけど干し肉ならボクの風魔法を使えば短時間で済みそうだけど。
「あーたしかにアレだけの威力があれば出来る……けど問題は酒とか塩がない事だな……実は持ってきてたり……?」
ボクは無言で首を振る。
「干し肉って乾かすだけじゃ作れないの?」
「んー作れるけどニオイがより凝縮されちゃうっつーか……美味く作るなら酒やらハーブがほしいんだが……まぁ無いものねだりしてもしょうがないし、やるかー」
「ニオイが強くなる?今のこれより?!」
誰か野草やらの知識がある人に事前に聞いておけば……。
塩、酒などの調味料をきちんと準備して持ってきていれば……。
「ちょっと待ったあぁ!デデンッ!!」
よくわからない効果音を自ら演出しながら森の方から飛び出してきたのはベルさんだった。
片手を上、片手を正面、足は肩幅より開いてわけのわからない前衛的なポーズのまま固まっている。
「前衛的が過ぎる!!」
「なんで姫様がここに?!」
「さすがグレッグ、よくぞ訊いてくれました。ハート、アナタは空気を読むことを覚えるべきです」
ベルさんは不思議なポーズを解いて直立するとコチラへビシッと指差しそう言った。
しまった、誘われた……今のは罠だったんだ!
絶対にツッコミ待ちだと思ったのに違うんかい!
「ハートのおかげで、お父様の体調が良くなって私の仕事も半減したし、魔王との同盟のおかげで防衛関係の憂いもなくなったでしょ?旧魔王軍残党との小競り合いとか魔獣の襲撃とかはあるかもだけど……そこはほら騎士団がなんとかしてくれるでしょ。つまり私の仕事は皆無になったわ!だから久しぶりに休暇をとってハートの旅に付き合おうと思うって言ったらみんな快く送り出してくれたわ!!」
早口で捲し立てるベルさんからはウソのニオイしかしない。
「絶対ウソです!快く送り出すわけありません!そもそも姫様の放浪癖にみんな辟易してるんですから!」
グレッグがすかさず反論した。
ボクは気になることもあるし状況を見守る事にする。
「ウソなんて言わないわよ!それに放浪癖って何よ!私が町を出てたのはお父様の病気の原因を探るためだったり旧魔王軍との関係を悪化させないためだったりしてたことくらい騎士団見習いだったグレッグならわかるでしょ?!」
……姫様なのになぜ一人で出ていたのか不思議だったけどそういう理由だったのか。
アズウェルの求婚から逃げるだけなら普通に断ればいいのに、と思っていたけど、そんな複合的な理由があったなんて気が付かなかった。
「そりゃ、ここ数年はそうかもしれませんが、元々うん十年前から姫様は勝手に町の外に行ってたでしょうが!その度、騒ぎになってみんなを困らせた事、忘れたとは言わせないですよ!」
ええ……それはもう本当にシンプルな放浪癖じゃん。
と、思ったが言わないでおく。
それにしてもグレッグがベルさんにここまで強くいくってことは相当、不満が溜まっていたんだなぁ。
町を守る騎士団に所属する彼からすれば当然か。
ベルさんはグレッグの言葉が深く刺さったのか「ぐぬぬ……」と呻いた後、少しの間大人しくなったが何か思い出したような仕草をすると悪い笑顔をした。
さっき町でお別れの時に見た表情と同じだった。
そうか、なんとなく気になっていたけど、この人あの時から勝手に着いてくるつもりだったんだ。
「そんなこと言っていいのかな?私は二人と違って旅慣れてるから塩も持ってきてるし収納魔法も使えるよ?」そう言ってベルさんはポケットから小さな袋を取り出してコチラへと振って見せる。
「「塩っ?!」」
今この場における最強のカードを切ってきた。
今度はグレッグが「ぐぬぬ……」と小さく唸る。
「私は野草やハーブに詳しいです。食べられるキノコなどもわかります。野営に使える小さな土の小屋も魔法で作れます」
なんだが変な感じの喋り方になったベルさんがアピールポイントを羅列し始めた。
「……」無言でコチラを見るグレッグにボクはお手上げのポーズで答える。
「わかりました……。同行を許可します。でも!危険なことはさせませんよ!戦闘は俺たちが担当しますからね!」
グレッグは渋々そういうとベルさんから塩の入った袋を受け取り魔獣肉に味付けをし始めた。
「よろしくねっ!私、いっつも一人旅ばっかりだったから楽しみだなぁ」
そう言って無邪気そうに笑う彼女にボクは近づきグレッグに聞こえない程度の声で話しかけた。
「ちょっと向こうで話せませんか?」
真剣な目で迫るボクにベルさんは異様な空気を感じ取ったのかもしれない。
「なにそれ?愛の告白とか?えーどうしようかなぁ……ハートって肉体的には成人なんだろうけど中身はお子様だしー。エルフと人間の歳の差って桁が違うけどどうなるんだろ?」
わざとらしく戯けて場の空気を弛緩させようとするベルさんを無視してボクは真剣なまま話をする。
「じゃあ移動しなくていいです。ここで訊きます。」
多分、グレッグには聞こえないだろうし、聞こえて困るもんでもない。少なくともボクには、だが。
ボクはまっすぐにベルさんの目を見て訊いた。
「本当の目的はまだ教えてもらえないですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます