第24話 いい日旅立ち、その一歩目


  

 グレッグと二人、エルフの町を出て旧街道を進む道中、他愛もない雑談をしていると大きな樹が見えてきた。

「あっ!あの樹はボクが目を覚ましたあと、ベルさんと初めて出会った場所だ」

 ボクが指をさすとグレッグは「あぁ、あの樹はデカくて目立つよなぁ。アウトラと交流があった頃はあの樹を中心にこの辺りを整備して露天やら休憩所やらがあったんだよ。」と教えてくれた。

 グレッグは先ほどからガイド役みたいに色々教えてくれる。


「だからあの辺りは木が少ないのかぁ」

「あぁ広場みたいな感じにする為にきちんと整備されてたからな、今は雑草だらけだが。まぁちょうどいいし、今夜はあそこで休むとするか」

 グレッグはボクに確認すると同時に荷物を肩から下ろし野営しやすい平坦な場所を探すようにキョロキョロ辺りを見渡している。


 まだ多少、陽が出ていて明るい気もするが暗くなる前に野営の準備は終わらせないと大変な事になる、とグレッグから聞いていたのでボクは頷いた。

 

「そうだね。そういえばボク、野宿って初めてだなぁ。雑草の上で寝るんでしょ?虫とか酷そう……」

 というかそもそも地元ロックデールから出たことすらボクの記憶にはないのだ。


「いや、普通に魔法使えば野宿って感じにはならんだろう?」

 グレッグは他よりは幾分か平らな場所を見つけ食べ物の入った荷物をそこに置くと、何言ってんだコイツは……。って呆れたような顔でコチラを見てきた。


「……?」ボクは言葉の真意が読み取れず困惑する。


「いや土属性の魔法で建物作るんだよ?俺がやっても狭いのしか無理だけど、お前ならスゲーの作れるだろ?」

 グレッグは大袈裟に身振り手振りをして「こんなんとか!こんなんとか!」と説明してくれる。 


「なんとなくイメージはできた……気がする」

「それでいいんだよ!やってみようぜ!」


 ボクは地面に両手をつく。

 …………。

 ……。 

「……土魔法の呪文ってなんだっけ?」


「そっからかー……」

 パンッ!とグレッグは膝を叩いて悔しそうにする。


「…………」

 

 その時、何かが森の方から聞こえた。

 鳴き声?……魔獣かっ?!

 

「グレッグ!今の聞こえた?」

「エイファンクの鳴き声だ!気をつけろ!どこからくるかわからんぞ!」


 エイファンク?!

 すごく獰猛な齧歯類げっしるいの魔獣だってグレッグから教わったばかりのヤツだ。

 たしか、川沿いを行く時は気をつけろとか言ってたけど、こんな陸地でも現れるのか。


 幸いにも、今いるこの周辺は視界が広く通っているので奇襲を喰らうことはないだろう。

 グレッグと二人、背中を合わせてお互いの死角を補いつつ索敵警戒を続ける。

 コチラが警戒しているのを向こうも理解しているようですぐには出てこない。

「気のせいだったかな……?」

「油断するな!魔獣はズル賢い奴が多い。人を好んで襲うような奴は賢いし強いんだ!」

「わかった。……なにか魔法を準備し――」

 ボクが言いかけたその瞬間、森の方で何かが雑に動くのが見え――。


「「きたっ!!」」


 ボクらは二人同時に敵を発見した。

 背中合わせで真逆の方向を向いているのに。


「うおー!!」どうやらグレッグはエイファンクを迎え撃った様子だ。

 向こうが迫り来るのを待つような性格ではないとは思っていたが実戦でも尻込みしないとは。

 背中に感じていた彼の気配と声が遠くなっていった。見習いとはいえ騎士団に属していた彼ならたぶん問題ないだろう。

 

 それよりも問題はボクだ。何をどうするかすぐに対応できずにいる。


 青黒色の毛で覆われた大きなネズミがコチラへと駆け出して来ているのにボクはまだ、どんな魔法を使って対処するか判断できていない。


 とにかく近寄らせないようにして時間を稼ごう。

 地面に手を当てて魔法を唱える。

 エイファンクは四足歩行から上体を起こし二足歩行に切り替え攻撃を仕掛けようとする。

 見てわかるほどの長い爪で引っ掻き攻撃でもしようとするのか?

 近づく獣臭を無視して集中する。


「大きな壁、エイファンクと分断するような……大きくて硬い……『土壁サンドウォール』!!」


 足元が揺れる。

 土壁を形成するために辺りの地面が動いているからだ。

 ボクは膝ついて地面に両手をついているので問題はないがエイファンクは目の前で二足歩行を解除して四足に戻ろうとするがその前に転んだ。

 

「うおおぉ?!なんだ、立ってらんねぇぞ?!」

「ぐわぉーー!」

 後方からグレッグの叫び声ともう一頭のエイファンクらしき声が聞こえた。

 しまった!

 グレッグに迷惑かけるつもりはなかったのに威力を制御できないことが見事に裏目に出てしまう。

「ごめん!すぐ止める!」ボクは目の前の敵のみに集中してイメージを固める。


「もっと局所的に……小さな範囲で集めるイメージで……」 


 頭に浮かんだイメージをそのまま地面につけた手に伝える。揺れが小さくなった代わりに自分の周りが沈み始めた……。

 水魔法は無いものを作り出していたのに土魔法の場合は周りから動かさなきゃならないのは使い勝手が悪いな。

  

 転倒した目の前のエイファンクが隆起する土に飲み込まれていくのがみえた。

「おぉ……なんかうまくいったみたいだ」

 狙ったわけじゃないけど封じ込めに成功したボクは大きな穴、というか溝になってしまったところから這い出るとグレッグも撃ち倒したようで雄叫びを上げていた。


「うおーー!!っハート!」

 グレッグは思い出したようにボクの名前を叫んだので軽く手を挙げてそれに答える。

「勝ったぞー!!」グレッグはずいぶんと嬉しそうでボクも自然と笑みが溢れる。


 本当はアズウェルとかハウラスの方が強いのかもしれないけど。

 なんて無粋なことを考えていると目の前の土壁の中で必死に蠢く音が聴こえた。


「よく考えたらコレって生き埋めだよな……スゲー残酷なことしちゃった」

 いくら相手が魔獣とはいえ、その音を聴いていると罪悪感に苛まられそうなのでグレッグのところへと向かう。


 ボクの魔法の影響で辺り一面穴だらけになってしまった。「危険だから直さないとな」とグレッグは穴を覗きながら呟いた。


「……うん。やっとくよ」

 どうにも土魔法はボクと相性が悪そうだ……。


「じゃあ俺はコイツのこと捌いとくわ。」


 ……え?!

 驚きすぎて言葉が出ない。


「『初級水魔法アックア』」


 グレッグそう唱えると剣についた血を洗い流し、腰に下げていた布で脂を拭き取っている。


「…………え?!」

 今度はしっかりと声に出した。


「ん?「え?!」ってなにが?」


「もしかして……食べるの?!」


「そらそうだろ。肉は嫌いか?」


「家畜の肉は好きだけど……魔獣の肉なんて……食べたことないよ」


「ふーん。ちょっと臭いだけで変わらないぜ?家畜だってそもそも魔獣を人間たちが飼育して弱体化しただけのものだしなー」


 そうかもしれないけど……。

 そうなんだろうけど……この、デカいネズミを……食べるのか……。


「果物でいいじゃん。せっかく買ったわけだし……」


「食べなきゃもったいねぇだろうが!俺が殺したんだ、最後まで責任持って食うぜ俺は」


 ぶ、文化が違うんだ……。

 ボクはあまり魔獣の出ない地域だから知らないだけでこっちの方だとこういうのが普通なのかも知れない……。


 ボクは観念して地面を元に戻す事に集中することにした。


 その後、土魔法で形を整え、ほとんど元通りになった(雑草が消えたおかげで元より綺麗になった)道を見て満足感を得たボクの鼻腔を刺激的で誘惑的なニオイが襲う。


「できたぞ!」

 グレッグがそういうとボクは全てを忘れて走り出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る