第23話 そして旅立つ


「……ひ、ひえーー!?」

 直前まで死にかけていたエルフの王様が急に上体を起こしたので膝をついて回復魔法を唱えていた王様お付きの人たちが腰を抜かしている。 


 そんなお付きの人たちなど構わないと言わんばかりに王様は立ち上がり「軽い。身体全体に感じていた痛みと重みが全部消えた!嘘みたいだ!なんという奇跡!」と吠えるように言いながら自らの全身をくまなく触ったり動かしたりしている。

 

「これは、……アナタが?」

 目を丸くしたベルさんに訊かれる。

 ……が、正直言ってボクには自覚のようなものが一切ないので返答に困ってしまう。

「唱えてみたら、なんかできました……」

 としか言いようがない。

「ありがとう!!」

 ベルさんが突然、人目も憚らず抱きついてきたので受け止めると魔王はボクを軽蔑するような眼で見ているのに気がついた。嫌な目だ。

 

 ボクはソレを無視して胸で泣きながら感謝を伝えてくるベルさんの方へ意識を集中することにした。

 こんな機会、二度とないかもしれないし……。

 だからそんな目はヤメろ!魔王!


 ――――


 暫くしないうちに王様もコチラへ寄ってきて諸々についての感謝を述べられた。

 そんなことを言われてもボクは事実、『治そうとして治したわけではない』というのが心のどこかで引っかかっていたから、お礼の品などは全て拒否する事にした。


「本当にいらないのか?」と念を押して何度も何度も言われたので折れる形で当面の間、帰省の旅をするのに困らない程度にだけ現金を頂いておくことにした。

 

「……ここにいてもいいんだよ?」

 ベルさんはそう言ってくれたが、ボクがここに居続けると要らない論争を生みそうだからとその提案を固辞させてもらった。

「故郷で確かめたいことがありますので」

 と言って納得はしてもらったが「ふーん」と、だけ応えてイタズラっぽく笑うベルさんが印象的だった。


「要件が済んだならさっさとどっかにいかんか!!ペッ!ペッ!」

「汚ねぇ!ツバ飛ばすなよ!バカ魔王……」

「バカって言う方がバカなんじゃ!そんなことも知らんのかこのバカ!」 

 

 いつの間にか……いや、ボクが簡単に祓呪魔法を使えてしまったことがよほど気に障ったのか魔王はさっきからずっとボクを邪険に扱ってくる。

 

「我らはさっさと同盟について話し合いたいんじゃ!部外者のキサマがおってはできん話もあるんじゃ!バカにはわからんか?!」

「彼がお父様を治してくれたからその話ができるんだけどね?」

「んなっ?!……まぁそうともいうがのぅー」


 魔王はベルさんにたしなめられると大人しくなった。まぁどうせコイツは数分もしないうちに忘れてまた噛みついてくるのが見えている。

 なのでさっさとこの場を立ち去るのが正解だろう。


「では、ボクは魔王の言う通りボクは部外者なのでそろそろ出ようと思います」

 

 王様に向けてそう告げると周りの人たち(魔王は除く)から「ありがとうございました」とか「助かりました」と言った様々なお礼が飛んできた。

 こんなに大勢の人に感謝されるだなんて経験をしたことがないので面食らってしまう。


「いつでも遊びに来てくれ。ワシらはいつでも歓迎するぞ。……それと人間の街を目指すならここを出てすぐの古い街道に沿って進むといい。『アウトラ』という港町へ数日もしないうちに着くはずじゃ」


 王様からありがたい情報をいただきボクはその場を去ろうとするとベルさんが「またね」とだけ呟きニヤニヤしていた。……もしかしてなにか企んでいるのか?

 まぁ気にしていてもどうしようもないし、多少後ろ髪が引かれたが今度こそ、その場を立ち去った。


 一人で建物を出る。

  

「古い街道……ベルさんと最初に会ったあの道か……」

 行く当てがないと思っていたがよくよく考えてみれば、あの街道はどこかの街と繋がっているという事になぜ今の今まで気づけなかったのだろうと自嘲する。

「記憶喪失だったし仕方ないな!」

 誰に言うでもなく自分で自分に言い訳をした。


 町を出ようと歩いている途中、食料品と水を買わないといけない事に気がつき通り沿いの屋台へ寄ってみることにしたがどうにも道を行く人たちの視線が集まっている気がする。

 この町で唯一の人間だし、色々とここ数日で悪目立ちをしたから仕方ないとはいえ、なんとも気まずい。

 嫌悪や憎悪の念は伝わってこないので気にしない事にするしかないか。

 どうせもう出て行くわけだし……。

 

 果物を売っている屋台を見つけたので立ち止まるとすぐに店員さんが声をかけてきた。

「いらっしゃいま……崩剣?!」

 お店の人はボクを見てすぐそう言って後退りする。

 うーん、あまり良くない反応だ……。

 

「あの、ボクが買っても問題ないですか?」

 

 もしこの店が『反人間派』だったらすぐに立ち去ろうと心に決めて恐る恐るボクは訊ねた。

 店員さんの反応はボクの想像と真逆で「もちろんでござーますよ!我らが王様の命の恩人ですから!」と歓迎される。

 

 ボクが王様の病(呪い)を治したことが、すでに知れ渡っているのか?

 大きな街じゃないとはいえ、いくらなんでも早すぎるだろ……。


「何がご入用でさぁ?」店員さんは揉手で応対してくる。


「食べ物が欲しいです。できたら数日分で日持ちするのをいくらか見繕ってもらえますか?」

 王様はアウトラという街まで数日もせず着くと言っていたけど、それはならって注釈がつくと思う。

 あの旧街道は人の手が全く入っていない雰囲気だったし、もしかしたら倒木などで塞がっている場所があるかもしれない。下手したら十日くらいは考えておいた方がいい気がする。

 エルフと人間の交流がなくなってから何年も経ったと聞いたし……。

 うーん、もし魔法が使えなかったら絶対行きたくないな。


「いくらか果物を見繕えばいいですかい?向かいの店なら干した物も売ってるんで日持ちすると思いますよ」

「なるほど……じゃあ向かいのお店で日持ちしそうなものを選ばせてもらうのでコチラでは近日中に食べるものを選んでください。……あっ!あと水も欲しいんですけど――」


「――水は魔法で出せるだろ?」


 背後から急に話しかけられた。

 ボクはその声に聞き覚えがありまくりなので振り返らないまま返事をする。


「グレッグ、どうしてここに?アズウェルは?」

「引き渡したさ。一人で旅立とうなんて水臭いこと、考えてないよな?」


 肩をグイッと引っ張られて半ば無理矢理振り返るとグレッグは満面の笑みを浮かべていた。

「もちろん。町の外で待ってるつもりだったよ」

 

「ウソだろ。まぁいいけどな!てなわけで食いもんだけ持ってさっさと行こうぜ。崩剣様の魔法がありゃどうとでもなるさ!」


 こうしてボクとグレッグの二人旅が始まる。



 ……はずだった。

 


  

 

 

 

 

 

 

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