第22話  あれ?ボク、またなんかやっちゃいました?

「さっきの水の塊ってさ、ハートの魔法だよな?」

 グレッグと二人……グレッグと気絶したまま引きずられるアズウェルと三人でエルフの町へと向かって歩き出した矢先そんな話を振られる。


「最初は魔王の魔法かなって思って見てたけど、どんどん大きくなっていくし、あの規模はさすがに魔王でも無理だろうしハートだなって。当たってる?」

 グレッグは嬉しそうに話している。

 

 そうだ忘れていた。

 彼は崩剣のファンなんだ。

 ボクがこうして記憶を失っていなかった姿のボクが彼の憧れで、でも今のボクがこのまま成長したところでグレッグの憧れた崩剣になるとは思えない。


 たしかに魔法の力は同じようなものかもしれないけど、どうにも性格的なところが大きく違う気がするけどそれはなんでだろう――。


「ハート?おーい、無視かーい?」

「あぁごめん。うん、当たってるよ。あれはボクの魔法だよ」


「やっぱりな。一瞬であれだけ生成できるのは流石に魔王でも無理だと思ったんだよ!スピードが段違いだよなやっぱ!」


『凄いのはボクじゃなくて崩剣だけどね』

 と言いかけて踏みとどまった。

 多分こんなこと言っても『どっちもお前だろ』とかそんな優しい言葉をグレッグは返してくれると確信しているからだ。


 確かにボクは崩剣だし、崩剣はボクかも知れない。

 肉体的には同じわけだし魔法の能力も差はないかも知れない……けど積んできた経験や思考が大きく違うソレな気がしてならない。

 ウワサと違うとか魔王もグレッグも言っていた。

 グレッグの言っていた父さんや兄さんが襲われた一件でボクがおかしくなった可能性は大いにあるけど……そもそもなぜ襲われたんだっけ、たしかグレッグは賊に襲われたって言ってた。

 そしてその裏に魔族いたとか……?

 でもなぜ魔族が直接襲わなかったんだ?

 ボクの故郷、ロックデールが魔王領から離れているから?


 訊きたいことは山のようにあるのに気がついたら町についてしまっていたので今のところは残念ながらお預けだな。

「ボクはここで待ってるよ。ボクのこと見たくもない人たちがいるだろうし」


 ボクはグレッグにそう言って道端に腰掛ける。

 魔王は見当たらないので恐らくもうエルフの王様?のところへ呼ばれたのだろう。


「そうか。なんか悪いな……お前が救ってくれたのに」

 グレッグは申し訳なさそうに呟いて頭を掻いた。

 彼自身とボクの置かれた微妙な立場を理解しているのだろう、それ以上何も言わずにアズウェルを引きずって町の方へと歩いて行った。


「お腹すいたな……」

 横になって空を見上げていると眠気が襲ってきた。

 エン婆のところで十分過ぎるほど寝たはずなのに身体か頭かが疲れていたようだ。

 まぁ頭が主に、だろう。

 ボクの記憶にある十三年間で最も濃密な数日を今まさに過ごしているのだから…………。


 ――――


 辺り一面真っ白で何もない空間に僕は立っていた。

 上下左右なく浮いている不思議な感覚、ボクはココが夢の中だとすぐに確信した。

「誰かいますかー?」

 返事はない。誰もいない、何もない夢は初めてかも知れない。

「つまらないな……」


 とりあえず行く当てなんかあるはずもないがプラプラと歩いてみると黒い塊が見えた。

「……なんだあれ?」

 起きるまでの暇つぶし感覚でそれに近づくと『――くるな』と聞こえた。

 声というよりは頭の中で勝手響くような感覚だ。

 

 黒い塊はよく見ると檻のようなものだった。

 球体の中にヒトの気配、いやという確信がある。

 知らないけど理解できる。


『――俺はお前だ。それ以上近寄るな』

 ボクは言われた通り立ち止まる。

  

「うん。ボクはキミだ。ボクはキミに訊きたいこと、確かめたいことがいっぱいあるんだ」

 

『――だろうな。だが無理だ、時間がない。お前は俺になるな。せっかく忘れたんだ、平和に生きろ。さもないとお前もまた同じことを繰り返すだけだ』


「は?それってキミが消えるって事になるんだろ?なにがあったんだよ!なにがあったら《崩剣》とまで呼ばれたキミがそんな檻に閉じ込められるんだよ!」

 ボクは自分相手に白熱してしまう。

 ここが頭の中だからなのか、良くも悪くも思ったことがそのままストレートに出てしまった。


『――ロクなもんじゃないから消せって言ってんだ。アイツらに出会ってから楽しかったことなんて一つもない――全部地獄みたいな日々だったから』


「アイツらって……勇者様たちのことか……?」


『――もう時間だ。……幸せに生きろ』


「待って――――」


 ――――


「――剣殿!崩剣殿!」


「うわっ?!」

 目を覚ますとグレッグの兄の顔が目の前にあったので驚いてしまう。

「驚かせてしまって誠にすみません」

 深々と頭を下げるグレッグの兄の周りには装備をキチンと整えたエルフたちが立っていた。


「……もしかしてボク、また牢屋行きですか……?」


「いえいえ!そんなことはもうありません!今回は正式な招待です!我らが王が崩剣殿にお会いしたいと!」


 ……招待。

 なるほど、そういうこともあるのかー。

 寝起きではっきりと頭が冴えていない状態で言われてもなんだかよくわからないが言われるがままついていく事にする。


 連れて行かれる最中、エルフの町の中を歩いているとさっきまでの重々しい空気は消えていた。

「崩剣さまー」なんて小さな子どもに声をかけられる経験をしたのは初めてで恥ずかしかった。

「……あのグレッグの兄さん、これって――」

「私の名前はボイドです。自己紹介が遅れて申し訳ありません」


 ボイドさんはそう言って優しく微笑んでくれた。

 グレッグの兄と呼ぶのは長かったので助かった。


「ボイドさん。これって、さっきとずいぶん町の様子が違うように感じるのですが……」

 ボクは気になった違和感について訊ねるとボイドさんは歩きながら「私から伝えるのは齟齬そごが生まれかねないので」と言った。


 …………そご?


「つきました」

 ボイドさんが立ち止まり扉を開けてくれたその建物は他の民家よりも一回り以上大きく教会や集会所のような厳かな雰囲気を放っていた。

 

 ボクは恐る恐るボイドさんについて中へと入るとそこは外観通りの広間になっていた。

 奥に卓がありそこには見知らぬ虚弱そうな老エルフとベルさんが座っていて、魔王は少し離れた位置に座っていた。

 あぁそうか。『特性』とかいう能力のせいで同席はできないのか……。

 その三人の周りにはお付きのエルフが複数人待機している。がいるのが場違いにしか思えない。

 

「お連れしました」

 ボイドさんはそう言って頭を下げると部下たちを連れて外へと戻って行った。


「ハート、紹介するわね。こちらが私たちエルフの王

、マルク=ゼブール=スロベルケ。見ての通り病に罹っていてあまり話したり出来ないの……。」


 王様はこちらを一瞥し頑張って会釈するも、それすらかなり辛そうだ。

「感謝……します……四天の――ゴホッゴホッ」

「お父様!無理しないでください!」

 王様が咳き込むとすぐにベルさんが王様へと駆け寄り、お付きの人たちを手で呼び寄せると皆一様に手のひらを王様へ向けて何かを唱えた。

 すると王様の咳は止まり少しだけ体調が良さそうになる、あれは回復魔法的なやつ?

 

 初めて見たからわからないけど、回復魔法を使っても治せないものがあるんだな……。

 もっと万能なものかと勝手に思い込んでいた。


「驚かせてごめんなさいね。お父様、じゃなくて王はあなたにお礼が言いたいのよ。」

 ベルさんは元の席へと戻りながら僕へ説明してくれた。


「お礼?……あぁさっきのアズウェルの件ですか。あれはボクを狙っていたものだから――」


「それだけじゃないよ。前の魔王をアナタが倒してくれたから非戦派の新魔王に出会えたし、私も嫌な結婚をしなくて済んだし。」

 

 そう言って微笑むベルさんの笑顔は包容力がありすぎてボクが大人の体じゃなかったら抱きついてしまいそうなほど……っていったいこんな時に何を考えているんだボクは?!


「ベルの言う通り、貴殿には感謝しても……しきれぬ……ゴホッゴホッ」

 王様はそう言いかけて血を吐いて倒れる。


「お父様!」

 ベルさんがすぐに立ち上がり王様へと再度駆け寄るとお付きのエルフたちも、みな駆け寄り膝をつき、両手を組み回復魔法を唱え始めた。

 

 ボクと魔王はなにも出来ずただ見守ることしかできない。


「回復魔法じゃ治せないのか……」ボクは魔王に話しかけるでもなく呟いた。


「あれは病というよりも呪いに近いからな……上級クラスの回復魔法や祓呪魔法ならどうにかなるやも知れんが、あれじゃあ治すというより抑えるだけじゃな……」


 祓呪ふつじゅ魔法……またボクの知らない単語だ……いったいこの先どれだけ知らない事にボクは罪悪感と恥ずかしさを抱えて生きていくんだろう。

 夢の中のボクは『忘れたままでいろ』とか言っていたが……ボクは『俺』の記憶が欲しい……。

 今も、もしかしたら崩剣ならどうにかできたかも知れないのに……。


「まぁ残念ながら祓呪魔法プリフィケーションは限られた一部の人間にしか使えない特権魔法のようなものだからのー」


祓呪魔法プリフィケーションか……」


 ボクがそう呟くと目の前にいきなり光の球が現れ、ボクの意思と関係なく勝手に拡散していった……なんだこれ?!


「っ!だから我はキサマが嫌いなんじゃ!」

 魔王はそう言ってそっぽを向く。


 拡散したいくつもの小さな光の球が王様に降り注いでいる事にエルフの人たちは誰も気がついていないようだ。


「あれは祓呪魔法の……?」

 そっぽを向いたままの魔王へと訊ねるが無視される……。


「ああ……あ゙ぁ゙ぁ゙あ゙」

 悪霊に取り憑かれたような声を上げる王様を見てその場にいた全員が硬直する。

 その中でベルさんだけが光の球に気がついたらしく「これは?!まさか……」と言ってコチラへと振り向くその後ろで王様がむくりと起き上がりこう言った。


「あれ?ワシ、なんか治ったかもしれん」

 



 


 

 

 


 

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