第21話 平穏を望む魔王


 平穏を望むと魔王は言ったがボクにはその言葉が信用ならなかった。

 目の前の少女自体が信用ならないという意味ではなく、幼いころからそう言い聞かされてきたからだ。

 タウンクライヤーも吟遊詩人も町の大人たちも、誰しもが言っていた。

「魔族は嘘つきで危険だ」と習ってきた。


 誰かから習ったことと自分の目の前の現実。

 どちらが正しいかボクには……。

 

 

 「平穏って言ったけどそれは本気なの?ボクは田舎者だから実際に目にした事はないけど魔族が人間の街を襲ったって話は何度も聞いたことがあるし、軋轢は想像以上だと思うけど……」

 ボクはタウンクライヤーから受けた公告を思い出しながら魔王へ声をかけた。

 魔王はすぐには答えず少し悩むような仕草を見せる。言葉を選ぶと言うよりは必死に思い出しているような、そんな表情だ。


「んー、正直に言うと我もまだ魔王軍の全容を把握できていないからそれついてはなんとも言えんのぅ。じゃがまぁ、争い合うのはめんどくさいから放っておいて欲しいというのが本音じゃな。もう殺し合いが流行る時代でもあるまいて。それにキサマが人間側におる間は我ら魔族に勝ち目はないからのー。」


 組織の頭が変わった、とはいえ被害に遭った人たちからすればそれで納得はできないだろう。

 できないだろうが……。


「そもそも人間と魔族の争いなんて何百年も行われてなかったのに最近になって人間から掘り起こしたんじゃろうに。我に文句言われてもめんどくさい限りじゃ」


 は?人間から始めた?

 人間のことを無差別に襲うのが魔族の習性だから関わるなと言われてきたボクには違和感しかない話だ。

 

「ちょっとまて今のはな――」

 

「――待って!」

 魔王の言葉に反応したボクをベルさんが言葉と身体で止めた。

 

「それは水掛け論にしかならないの。何百年も前から続く話だから……。だから今はまず未来の話をさせて」

 ボクの顔の目の前に手のひらを出した状態で彼女はそう言った。

 水掛け論…………ってなんだっけ?

 堂々巡りになるとかそんな感じだったかな。


「魔王フニゴルス、貴女が本気で人間への不可侵を誓い、私たちエルフを対等に扱うというなら、わが父に会えるよう取り計らいます」


「もちろん誓う。そして約束もする。じゃからエルフの長に挨拶させてくれい。」


「わかりました。しばしお待ちいただくことになってもよろしいですか?」


「同然じゃ。いきなり魔王が現れたら住民たちも驚いてしょうがないじゃろぅて」


 いや、いきなりこの子が現れても驚かないと思う。

 ただの少女にしか見えないし。

 せめて角が見えてれば魔族感も出るが……。


「では一度町のほうへ先に戻りますね」

 

 そういってベルさんは走っていった。


 …………この何もない町の外で魔王と二人きりになってしまった。

 しまったな……ベルさんについていけば――いやそれはだめだな。

 ボクは魔王や魔族以上にあの町へ入るべきじゃないだろう。

 いるだけで無駄な争いを生むことになりそうだし。


「ひとつ、聞いてもいい?」

 沈黙に耐えかねたボクは兼ねてから聞きたかったことについて質問してみることにする。


「なんじゃ。また黙りこくって元に戻ったのかと思ったぞい。」


 

 過去のボクについてなにか知っているみたいだがソレについて聞くとボクの記憶がないことを察してしまう可能性があるのでソレについて訊くのは我慢しよう。

 今訊きたいのは別の事だ。


「で?なにについて訊きたいんじゃ?」


「あぁそれなんだけど、さっきから――なんだあれは?!」


 炎?火球?!

 っ!アズウェルか?!

 遠くの空に大きな赤い塊が見えた。

 それは現在進行で大きくなり続けているように見える。

 「なんじゃ急に騒ぎおっ――?!なんじゃありゃ!まさかこちらを狙っておるのか?!」


「アズウェルの火球な気がする!どうする?!あんなもので攻撃されたらボクらだけじゃなくて町の人達も全員巻き込まれちゃう!」

 

「慌てるな!っらしくないのう崩剣。我が壁を作るからキサマはできることをやれ。キサマならどうとでもできるじゃろ」


 信頼がハチャメチャにぶ厚い。

 でもそれは崩剣ボクであって……ボクじゃないんだ。

 

「『土壁サンドウォール』」

 魔王はしゃがんで地面に両手をつけるとそう唱えた。

 地面が隆起して壁を生成していく。

 魔王が息を大きく吐き頭を少し下げるとみるみるうちにその壁は分厚く高くなっていった。


「あれが練るってことなのか?」

 

 真似してみるか……。

 どうせもうやるしかないんだ。

 風魔法を使えば僕だけは逃げられるだろうが逃げたところで町の人たちを見捨てたって罪悪感を抱えて生きていくなんて無理だ。

 耐えられる自信もない。


 「くるぞ!はよう準備しろ――」

 「ふうぅ――」ボクは息を深く吐いて落ち着かせる。

 

 両手の指先を軽く触れるくらいに合わせて脇を絞め目を瞑る。

 だれかに習ったわけじゃないけど誰かが昔こんなポーズをとっていた気がする。


「大きな水。火の玉を抱き込むくらいの大量の水。勢いよく激しく――」

 自然と声が漏れていたが無事イメージは固まったと確信した瞬間。


『――もっと深く潜れ。俺はそこにいる』

……頭の中でどこか聴き慣れた声で何か言われた気がするけど誰の声だっけ……?

 声の主より目の前に迫る脅威を優先するべくボクはゆっくり目を開けて唱えた。

 

「『初級水魔法アックア』」


「ちっ!偽物かと疑ったがどうやら本物のようじゃのー。」

 

 視界の端で憎らしそうにこちらを見る魔王に目配せをすると土壁に穴が空いて向こう側が見えた。


 火の玉の下に影が小さな影が見える。

 恐らくアズウェルだろう。

 熱くないんだろうか?なんてこの場に似つかわしくないことが気になってしまう。

 

 土壁にできた穴を覗いているとその小さな影が動いたように揺れ、瞬間火の玉がコチラへと放たれた。

 

 ボクはそれに応じて、壁を押すようなポーズをとり頭上に生成した水の塊を土壁の上方へと持ち上げ、火の玉へと目掛けて放つ。


 なんとも表現しがたい轟音と共に辺り一面へと霧が降りてくる。

 不思議な表現だけどボクにはそうとしか言えない。水蒸気?的なやつが降り注ぎ虹ができる。


「初級の概念が壊れるのぅー」


 上空から声がしたので見るといつの間にか魔王が飛んでいた。まさかコイツ自分だけ飛んで逃げてたのか?!

 

「アズウェルはぶっ倒れておる。おおかた魔力切れじゃろー。……キサマはピンピンしとるのにのぅ」


 残念じゃ。と聞こえたが無視する。

「アズウェルのところへはボクが行くよ。魔王はここでベルさんを待って、この霧の説明をしてくれ」


「ん?そうなーエルフの姫様が戻ってくるのじゃったのー。わかった。ほいじゃの」


 魔王は呑気に手を振って送り出してくれたのでボクは一人アズウェルの倒れているであろう場所へと走る。


 アズウェルはボクが記憶を失っていて弱体化していることを知っている。魔王に伝えられる前に急いで口封じを……しなくて……は。


「――嘘だろ、今ボクはなんて物騒な発想をしていたんだ……」


 自らの中に降って湧いた恐ろしい思考に驚き足を止める。

 ボクの中でソレが選択肢に入ってしまうようになったことに恐怖する。

 ハウラスの一件でボクの中で何かが目を覚ましたのか?それとも新たに得てしまったのか。


「そんなとこで何してんだよ?」

 呆然と立ち止まり幾らか経った頃、声をかけられる。

 その声の主はグレッグだった。


「あぁグレッグ、こんなところにいたのか……ボクはちょっと考え事……ってアズウェル?!」


 グレッグをよく見ると片手にアズウェルを引きずっている。なんともぞんざいな扱いだ。

 まぁアズウェルのやったことを考えれば当然の扱いかもしれないけど。

 アズウェルは気絶しているのか身動きひとつ取らない。……もしかして死んでる……?


「グレッグ、それって……」

 恐る恐るアズウェルを指差すと「あぁ魔力切れだろ?」とグレッグは普通に答えたので多分生きてるということにしよう。


 世の中には知らない方が良いこともある。

 ボクはそう思い始めた。

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