第20話 人×エルフ×魔族


 「まずは……残念だったわね。前魔王、アナタのお父様の事」

 ベルさんが魔法で作り出してくれた木の椅子に四人全員が腰かけると彼女はそう言って魔王に慰めの言葉をかけた。

 

 


 この子の父を、前の魔王を殺したという話が事実なのだとしたらボクは今、とても気まずい状況にいることになる。

 それがいくら人間と敵対していた魔族の王とはいえ。知らないうちに誰かの『親の仇』になるなんては想像もしていなかった。

 

「ん?あぁ、なんじゃそんなこと。確かに父親と呼んだが我ら魔族の家族というものはキサマらとは全く違うもんじゃ。いちいち気にしとらん。弱肉強食じゃ!」

 魔王はあっけらかんと言い放った。


 魔王の反応がボクの考えていたものとあまりにも大きく違うことに驚きを隠せない。

「だったらさっきの態度はいったいなんだったんだ?」

 思わず身を乗り出してしまう。

「さっきの?……あぁアレはアレじゃ。お前が親父殿を倒してしまったから我が急に魔王にさせられたんじゃ!そんなのムカつくじゃろがい!我はまだ魔王なんかになるつもりなかったんじゃ!もっとダラダラ生きていたかったんじゃ!!」

 思い出したのか魔王はまたプンスカ怒りだしてしまう。


「え?それって、つまり魔王になりたくなかったってことなのか?」

 グレッグが単刀直入に切り込んだ。

 さっきまで緊張してたはずなので違和感がある。

 

 グレッグはフイに言葉が出てしまった様子で口に手を当てて驚くような表情をして「やべっ」と小さく呟いた。


「あん?そもそも何者じゃキサマは?エルフの姫様と崩剣はわかったがキサマは何者なんじゃ?!なぜ当たり前のように我と同席しておる!」


「あっ!ごめんなさい、すみません、許してください!!」

 見た目が普通の少女なので正直言って余り怖くはないが直接凄まれたグレッグは椅子から立ち上がり平身低頭に謝っている。

 

「あれ?そういえば、この子魔族なのにツノがないな?」

 ボクもふと思ったことが口に出ていた。

 

「ああん!?なんじゃ崩剣、キサマも喧嘩売っとるのか?!強いからって我をナメなよ!!」

 どうやら失言だったようで、さっきまで詰めていたグレッグを放っておいてボクに噛みついてきたがベルさんが助け舟を出してくれた。

 

「多分まだ子どもだから見えにくいだけなんじゃないかな?普通の魔族は大人になれば大きくなるはずだし」

 成長につれて大きくなるのなら、この目の前でワナワナと肩を振るわす少女は見たとおり若いということか。

 ……ワナワナと?

 

「カッチーーン!!」

 なんだか不思議なことを言うと魔王は椅子の上に立ち上がりボクらへ向けて宣誓した。

 「完全にバカにしておるの!ええ?!なんじゃなんじゃキサマら、揃いも揃って我のことをバカにしおっ!崩剣がなんじゃ!我やったるぞ!我やったるぞー!!」

 完全にブチ切れてる。


「まって!違うの!こんなこと言うつもりはなかったのよ!」

 ベルさんの言うとおりだ。

 ボクもわざわざ口に出して言おうとはしていなかった……のに、なぜか口に出ていた。

 ベルさんとグレッグの二人で魔王を宥めている隙にこの違和感について思考する。


「……魔法とか?」


 ボクの呟きに三人が反応する。

「そうだ!それだよ!なんらかの魔法の影響で言いたくないこと言わされたんですよ!クソ!どこだ?!出てきやがれ!」

 そう言ってグレッグは森の方へ走り出した。

 

「……私たちはまだしもハートに精神魔法をかけられるなんて並大抵の術者じゃないし、そんなことがもし可能だとしても姿が見えない距離から出来るだなんて思えない」

 ベルさんは冷静に考え込んでしまった。


「ん?あぁそれなら我の特性じゃな。」

 魔王はよくわからないことを言い出した。


「特性?なにそれ?初めて聞いたから教えて」

 ボクはまたも思ったことが口に出てしまう。

 

 「特性とは魔族の中でも一部にしかない特殊能力みたいなものじゃ!我の場合は『同席した相手に本心を喋られせる』って感じの能力が常に発動し続ける。これのせいで我は昔から隔離――――」


「――それのせいじゃねぇか!」

 ボクは思わず立ち上がる。


「ひぇ?!」魔王はいきなり立ち上がったボクに驚いて椅子から転がり落ちてしまった。


「可愛い!」

 ベルさんは両手を組み、そう言って立ち上がるもよほど恥ずかしかったのか、そっぽを向いて黙っている。


「本心を喋らせる……なんて恐ろしい能力だ……」

 記憶がないことを喋らなくて本当に良かった……。


「いてて……。驚かすな!……ったく強いからって調子乗りすぎじゃ……」

 ぶつぶつ文句を言いながら魔王は椅子に座り直したがボクとベルさんは座らない。

 コイツと同席するのは危険すぎる。


「失礼なことを考えていたのは悪かった。でもその話に時間をかけたくない。だから許してくれると助かるんだが……」

「は?!さすが崩剣様じゃのう。……まぁいい。我もさっさと話を終わらせて帰りたいし……どうせキサマには勝てんしのぅ」


 急にしおらしくなった魔王はただの落ち込んだ少女にしか見えない。

「悪いがボクたちは座らない。このまま話してもらえるか?まずは魔王がここにきた目的から教えてくれ」

 帰ってこないグレッグのことは忘れて話を進める。


「簡単な話じゃ。我はエルフと同盟を結びにきた」


 魔王の言葉は想像の域をでなかった。

 ハウラス、いや四天王アズウェルと同じ目的だったわけだ。

 

「つまりそれはアズウェルと同じく人間に攻め入るために?」

 座っていないにも関わらず歯に衣着せぬ物言いでベルさんが魔王を問い詰めている。

 勝手嫁にされそうになっていた彼女からすれば大問題なわけだし当然か。


「アズウェル?あぁアイツはもう四天王じゃないぞ。新生魔王軍四天王はまだ任命しとらんけどアズウェルは外れるの確定じゃ。アイツはさすがに弱すぎる」


「アイツが……弱い?」

 あんなに大きな火球を生み出せるアズウェルが弱いだなんて、いったい魔王軍はどれほどの戦力を抱え込んでいるのだ……。


「そうじゃ。アズウェルは四天王の中でも最弱。アズウェル以外の四天王や我の親父殿を瞬殺したキサマが言うと皮肉じゃのー。あぁそういえばトドメは勇者の末裔とかいうのが刺していたようじゃが」


 ……そうだったのか。

 良かった、ボクがトドメを刺したわけじゃないのか。

 …………とはいえ、ボクのせいでこの子の父親は死んだんだ。いくら魔族における家族というものがボクらのそれとは大きく違うとはいえ――――。


「――そういえばキサマらさっきアズウェルがバンコーだのなんだのって言ってたけどなんの話なんじゃ?知り合いなのか?」


「はい。それは……。アズウェルが私に「嫁に来い。そうすればエルフたちを魔族で護ってやる」と言い寄ってきてたんですよ。ずっと前から」


 魔王の疑問にベルさんは心底嫌そうな表情を浮かべながら答える。

 それを聞いた魔王はベルさんよりもさらに嫌そうな、軽蔑するような表情を浮かべて小さく「キッモ」とだけ言った。


「……つまり現魔王はアズウェルと違う理由があるってことでいいのかな?もしそうなら教えて欲しいんだけど」

 女性陣二人でアズウェルのキモさ談義にうつりそうだったので横槍を入れる形でボクからも聞いてみた。


「ん?そうじゃ。そもそもアズウェルのバンコーはアイツが勝手にやったことじゃ。我は知らんかった。知ってたらキモすぎ死刑にしとったわ。」


「あら?なら早く伝えておけば良かったわね」

 


「……じゃあ当代の魔王様はどう考えてもエルフと同盟を結ぼうとお考えで?」

 

 

 アズウェルに対するイメージダウンが止まらない……。まぁ「嫁にしてやる」なんて発言、冷静に考えたら物凄く気色悪いし、ハウラスたち部下も使って何やってんだかって思わなくもない。


「我はな。めんどくさい事は嫌じゃから『エルフと魔族で同盟を結んで人間の侵攻を止めよう』って同盟を組みたいのじゃ」

 

「なるほど……。たしかに『人間に攻め入るため』だったアズウェルの考えとは違うわね。それってつまり、協力関係ってことよね?従属関係とかじゃなくて」 

 

「そうじゃ!我はアズウェルやらの年寄りどもと違う。人間にわざわざケンカ売ろうとは思わん。我の目的は平穏じゃ!」


 魔王は平穏を望むとたしかに言った。

 もしそれが本心なら人間と魔族の争いは無くなるかもしれない。

 

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