第16話 熱を帯びた広場

 現在、広場には数十人規模のエルフたちがいて白熱した議論を交わしている。

 彼らの話す内容を傍から聞いている限りでは当初ボクが思っていたような簡単な勢力図ではないようだ。


 まず人間を憎んでるエルフたちが多くいる。残念ながら当然だろう。

 ひとまず『反人間派』とでも呼ぼうか。

 そして一部、ベルさんを中心に人間と交流を持とうとしてる人達もいる。反人間派に対してこちらは『親人間派』とでも仮称しよう。

 この二派閥だけだと思っていたがどうやら反人間派の中も一枚岩ではないらしい。


 恥ずかしいことに詳しくは知らない(覚えてない)がグレッグから聞いた分だけでもエルフに対し人間がひどい扱いをしてきたのがわかる。

 その当事者からすれば恨みが晴れないのは当然だろう。まだ十年も経っていない最近の話なのだから。

 それでも一部の人間が酷いからと言って全てを排除するのは違うからということで『一部のまともな人間とは交流したい派』がいるようだ。


「と、まぁこんな感じで三派閥いるように感じましたね」

「いいねぇ。だいたい合ってるよ。経済的な理由とかもあるけどねぇ」

 古陰に隠れて広場での成り行きを見守るボクの横で座るエルフのお姉さんはサムズアップして満点の笑顔を向けた。

 彼女の名前はパーシィ。グレッグの言っていた変身魔法の専門家だ。

 見た目は人間でいうところの三十歳前後だが緩くダラダラした印象の言動なので若くも見えるし、年齢不詳だ。

 

 ついさきほど話しかけられて気が付いたら隣で座ってボクと同じように広場を見つめていた。

 そして彼女に「どんな派閥がいてなんで揉めてるかわかる?」と聞かれ今の三派閥を挙げて答えたというわけだ。


「ちなみにさ、最後の『一部の人間とは交流したい派』にはどんなエルフがいると思う?」

 眠そうに広場を見つめながらパーシィさんが訊いてくる。せっかく美人なのに地べたで横になってる彼女の方を見て答える。

「わからないです」

 コレは考えるのが面倒臭いとかでなく本当にわからない。エルフの見た目で年齢がわからないのもあるがとにかく老若男女いろんな人が『一部の人間とは交流したい派』にいるように見えたからだ。


「崩剣に救われた人たちとその身内だよ」

 横になり不恰好にお腹を掻きながらパーシィさんは答えた。

「……なんで言えばいいか――」

 わからない。それはボクの話であってボクの話じゃない。今は失っている記憶の話だ。

「人間に救われた人たちもいるし傷つけられたの人もいる。結局のところ出口のない論争なんだよねー」


 彼女はずいぶん達観しているな……。

 まだ大人になりきれないボクには割り切れない。


「ボクはベルさんの犠牲が必要っていうのが……よくないと思います」

「んー?キミは姫様が好きなの?」

「好きっていうのとは違う気がするけど……どうなんでしょう?」

 正直まだよくわからない。美人だと思うし記憶を失ったばかりのボクに優しくしてくれたことには感謝している。けどそれだけで惚れるっていうのも……。


「十四歳だっけ?人間の思春期ってヤツなんでしょ。いつかわかるよその感情がなんだったか」

 なんかふわふわしてる割に刺さる感じのことを言う人だな。なんて思っていると広場の人だかりに分け目ができて、そこから杖をついた老婆が何人かの付き添いを連れてコチラへ歩いてきた。


「ヤバい!大婆様だ」

 そういってパーシィさんはどこかしらへと走っていってしまった。

 取り残されたボクはなんとなく見覚えのある大婆様とよばれた老婆の事を必死に思い出そうとする。

 見覚えあるんだけどな……誰だっけこの『物語の魔女』みたいな…………。


 そうだ『物語の魔女』。

 ここは来てすぐ牢屋に入れられていた時に声をかけてきたあの人だ。


「こんにちは」コチラから挨拶をする。

「ふん、大人しく牢屋にぶち込まれておけば良かったものを……」

 大婆様は心底嫌そうな顔を浮かべている。

 側近のように付き添っている人たちもコチラを睨みつけているので印象は最初から最悪だがおそらく『反人間派』であるこの人たちならこの態度も納得だ。


「どう責任取るんだい?」

「……責任?」

「アンタが蒔いた種だろうが……ったくコレだから人間は……」

「アズウェルの件ですか?」

「それ以外ないだろう。」側近らしき人たちも口を挟んできた。

「そもそもキサマが来なければ全て丸く収まっていたんだ!記憶喪失かなんか知らんが傍迷惑なヤツめ!」


 そもそも人間が嫌いなのにボクが来たことで集落に危険が迫ってしまったことが原因でこんな騒動になってるんだ。

 嫌われて当然だな……今すぐ襲われないだけマシかもな。


「そう責任とるつもりなんだ!」体格のいい大男に胸倉を掴まれて木に押し付けられた。

「いってぇ……」

「痛いか!?俺たちが受けた痛みも知らないくせに――――」


「――やめなさい!!」

 ベルさんが間に入って大男を押しのけてくれた。

「ごほっ……すみません。ありがとうございます……」

 また助けてもらった。恥ずかしい、いや情けなくなる……。


「姫様、元を正せば貴女が知見を深める旅だのなんだと言って遊びまわってさっさと結婚しないからこうなったという事はきちんと理解してますかな?」

「それは……」さしものベルさんも大婆様とかいう老婆には強く出れない様子だ。どんな関係性なのかはわからないが、あの老婆には相当な威圧感がある。


 騒ぎの中心が広場からこちらへ移り結局、討論……いやただの言い争いが続く。


 「もうやめてください――」思わず大声を張り上げてしまう。

 瞬間全員が黙り静寂が訪れるも

 

「お前にそれを言う権利があると思うなよクソガキが!!」と先ほどの大男が吠える。

 それに呼応するように『反人間派』は盛り上がり、『親人間派』もそれに答えてヒートアップする。


 ボクはそれらを制するために大きく息を吸う。

 ベルさんと目が合った。

 余計なことは言うな。彼女の眼はそう訴えているように見えた。

 

「ボクが倒します!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 


 

 

 


 

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