第15話 初級風魔法

 馬鹿みたいに踊っていたアズウェルが急に止まったかと思ったら首だけをコチラへ向け「変身魔法メタモルフォーゼだな?」と高らかに告げてくる。

 「なぜ!人類の崩剣たるキサマがこんな僻地にいるのかも、なぜか!ベル=ゼブール=スロベルケがこの場に二人いるのかも、変身魔法メタモルフォーゼであれば簡単に説明がつくというわけだ。まったく舐められたものだ、こんな子供だましでこの私を騙せると本気で思ったか?!」

 

 アズウェルは急に激昂する。

 しかし言ってる事の半分あってるだけにこちらも反論できないし防衛隊を始めとしたボクとグレッグ以外の人たちはそもそも何も理解してないので困惑することしかできない。

 せめてこの状況にこちらの思惑があればなにがしかの動揺が浮かんだりしたかもしれないが本当に皆心当たりがないのでアズウェルも困惑する。


「なんだキサマらのその腑抜けた表情は!?私を馬鹿にしているのか!?」

 戸惑いつつも激昂した姿勢を崩さないアズウェルが周囲に残ったギャラリーへ怒鳴りつけるも「いや……」とか「私たちもなにがなんだか」とか煮え切らない返事しかできない。

 彼らはどう見ても隠し事やウソをついているように見えないし、今のアズウェルにそんなことをする理由もない。


 全員がなんだか不思議な空気に包まれているさなか、アズウェルの側近と思しき一人の魔族の発言で場が荒れる。


「アズウェル様、とりあえずそのは殺しちゃっていいんじゃないすか?」


 

 ――――ボクの事だ。


 その言葉を理解した瞬間、ボクは正面の地面に向けて手をかざし「初級風魔法エアロ」と唱える。

 風魔法の力で身体を後方へと強制的に高速移動させる。

 上手く止まれず建物に身体をぶつけ体勢を崩す。

 顔を上げると先ほどまで自分がいた場所に大きな火柱が上がるのが見えた。

 とっさに回避して大正解だったみたいだ。あんなの食らったら――グレッグたちは果たして大丈夫だろうか……。

 

 自分の風魔法と火柱の魔法、どちらのせいかわからないが広場は土ぼこりが舞っていてこちらからは様子が見えない。


「アズウェル様!ヤツは生きてます!逃れたようです!!」


 マズい!アズウェルの部下たちが空を飛んでこちらの情報を伝えてる。と思ったら大きな火の玉が広場の上空に現れた。

 もっとマズい!あんなもので攻撃されたらボクだけじゃなく多くの人や物に被害が及ぶというのに……全てを巻き込むつもりなのか……?

 

 やるしかない。

 できるかわからないけど。

 

 「初級風魔法エアロ」右手を前に出し逆の手で押さえる。さっきと違い風の球を必死で手元にとどめると球はゆっくりと大きくなる。

 「初級風魔法エアロ」もう一度唱えると大きくなる速度が上がる。


 「…………!」アズウェルの声が聞こえた気がする。が、ボクはそれを無視して集中し、さらに球を大きくする。

 

 「初級風魔法エアロ」「初級風魔法エアロ」両腕を大きく広げて風を操り球から壁のようなイメージへと変容させる。

 風の壁そのものは目に見えないが巻き込んでしまった草木や土などの動きで上手く変形することができたことはわかった。


 空を飛ぶ複数の魔族たちの中にアズウェルの姿が見えた。

 

 「崩剣の名を語るゴミムシに私の業火弾バーンフレイムはもったいなかったか?」片手を上に掲げ大きな火の玉をこれ見よがしに見せつけるアズウェルはもう勝ちを確信したのか楽しそうだ。


 「いっけええぇえぇ!!」

 ボクは片足を引き両腕を前に思いっきり押し出し、圧縮した風の壁を上空のアズウェルたちに向けて放った。


 空を飛んでいた魔族たちは「ぬをおおぉぉ」とか「ぐおをお」とか声にならない様子で弾き飛ばされていった。

 アズウェルは最後まで必死に抵抗していたが最終的には飛翔物に巻き込まれ部下たち同様、飛んで行った。

 そして狙い通り火の玉も上空へと消えていった。

 …………あれってこの後どうなるんだろう?

 術者(アズウェル)のコントロール下から外れただろうし霧散するか縮小するのを願うしかない。

 もしあんなものが森とか人のいるところに落ちたらと思うと…………。


 とりあえず今はこの場に被害が出なかったことを喜ぼう。

 地上に残っていたのか何体かの魔族がアズウェルたちの飛ばされた方向へと飛んでいくのが見えた。

 脅威はひとまず去ったとみて良さそうかな。


 広場に向かうと人だかりができていた。

 隠れていた人たちや逃げていた人も集まり出したのかもしれない。

 先ほどよりも多くのエルフたちでごった返している。

 

 その中心にはエルフの防衛隊の面々とがいた。

 どうやら未だ変身魔法の効果時間らしく彼女は二人いて両者ともにエルフたちに囲まれている……。

 今声をかけるのは難しそうなのでとりあえず話を聞いてみる。

 


「だから何度も言ってるだろ!もう魔族と仲良くするとかそういう次元じゃないんだよ!」あっちは多分グレッグだ。ベルさんとは口調が違う。

「姫様が嫁に行けばいいだけの話だったのに、あの人間のがきたせいで……」

「崩剣のおかげで助かった奴らが何人もいるのを忘れたのかよ!」

「だがそのせいで今我々の住処がなくなりかけたんだぞ!!」

 「そうだ!そのとおりだ!!」「あいつがこなければ!」

 なるほど……まぁそうなるか。

 


 人々は白熱している。

 ここに今ボクがいるのは良くない気がするので木陰にかくれることにした。

 なんだか既視感があるがしかたない。

 ボクはここに歓迎されてきたわけじゃないんだから……。

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