第13話「いい顔つきになったね」
「いい顔つきになったね」
一晩中泣いていつの間にか寝てしまったボクの顔を見て開口一番そんなことを言うエン婆は優しい人だ。
皮肉や嫌味でなく本心からそう思った。
「看病のことも昨夜のことも本当にありがとうございました。このお返しはいつか必ず――」
「――誰かに返すんだよ。老い先短いアタシみたいなもんじゃなく、ね?」
おぉカッコいい……。
思わずジーンときた。
でももう泣かない。昨日で一生分泣いたから。
「お世話になりました」
「した覚えはないけどね。これからどうするか決めたのかい?」
「はい。まずは故郷に帰ろうと思います。自分自身で確かめないことにはどんな道にも進めない気がするので……」
特に荷物もなにも持っていないので支度もなくエン婆の家を出ようとした時にようやく気が付いた。
「あっあの、この服ってもしかして……」
いつからだ?もしかしてこの家で目覚めた瞬間から?
あちこちがボロボロになっていたボクの服は新品のものになっていた。
「そいつは姫様に礼を言いな。アタシは場所を貸しただけさね。ほれ、行くならさっさと行きな。後ろ髪を引かれるとロクな旅路にならないよ」
「――重ね重ね、ありがとうございました」
そう言って頭を下げたボクにエン婆は何も言わなかった。
エン婆の家を出ると、ここが少し小高い丘の上にあったんだ気が付く。
エルフの集落が一望できるし遮るものも少ないので風が吹くととても気持ちがいい。
大きく伸びをして空気をたくさん吸い込むと昨晩までの気持ちがウソのように思えた。
ふうぅ――――。
「さて、どうしたものか」
金もなければ故郷の方角もわからない。
しっとりとしたお別れを済ましたばかりなのでエン婆のもとへ聞きに戻るのも恥ずかしいしなぁなんてアホなことを思っていると声をかけられた。
「よう、昨日は悪かったな」
可愛らしい女の子――じゃなくてグレッグだ。
相変わらず見目麗しい彼はどうにも気まずそうにしている。
「グレッグが悪いわけじゃないよ。ボクが無理やり聞き出した訳だし」
本心からそう思う。もし誰かが悪いんだとしたら、それは父さんたちを襲った賊だ。
必ず見つけ出して報復を――
なんだ……?
報復?ボクが……?
とっさに浮かんできたボクらしくない暴力的で短絡的な思考に違和感を覚える。
「そう言ってもらえると……ってどうした?なにを見てるんだ?……まさか、なにか思い出したのか?!」
「えっ!?いや、そういうわけじゃないんだ。ないんだけど少し……少し自分らしくない思考がよぎって――」
怖くなったのだ。
知らない誰かが頭の中にいるような感覚。
「崩剣の記憶とか?」
「ごめん。今のボクにはとても説明できない……」
そう言って首を横に振るとグレッグはボクの傍により肩を抱いた。
「大丈夫だろ。記憶があってもなくてもお前はお前だ」
それは今の不安定なボクが一番欲しい言葉だった。
「――――ありがとう」
「気にすんな!よし、そんじゃそろそろ行くか!」
……?
行くか?
「ど、どこに?」
「メシだよ!朝メシ!人間も普通に食うだろうが」
な、なるほど、そうきたか。
彼の人当たりの良さならボクの旅路について来るとか言い出しかねないから驚いてしまった。
確かに付いてきてくれれば慣れてないボクの一人旅よりは何倍も心強いが、さすがにそれは悪くてしょうがないし彼にはこの集落の警備兵としての仕事が――。
「ロックデールって遠いんだろ?」
「え?あぁうん、ここが大陸のどの辺りかわからないけど……魔王領からは最短でも十日くらいはかかるはずだよ」
「はぁ?!そんなかかるのかよ!兄貴に怒られるな……」
「……ちょっと待ってくれグレッグ。君は何を言ってるんだ。それじゃまるで君が――」
「ロックデールかぁ。楽しみだな!あの崩剣の育った炭鉱町。一度行ってみたかったんだよ」
「――付いてくるのか」
あぁやはり、彼はいいやつだし、悪い予感に限って当たるのだ。
「エン婆ー!なんか食えるもんあるー?」
肩を落とすボクの横を抜けてグレッグはエン婆の家へと入って行った。
……さっきお別れを済ませたばかりなのにもう帰ることとなったボクは気恥ずかしい表情でもう一度お邪魔すると見透かしていたのか既に三人分の朝食がテーブルに用意してあった。
「なんで?!」
「アンタのことは知らないけどグレッグのアホは産まれる前から知ってるからね」
「さすがエン婆!」そう言ってグレッグは朝食にありついていた。
「ごちそうになります」
ボクはいつぶりか分からないマトモな料理に舌鼓を打った。
いや、別に昨日のパンが不味かったとかそういう話じゃないんだ。
――――
「ふぅ食った食った!」
グレッグは見た目の可憐さからは想像がつかないくらいの大食漢でテーブルのモノを半分以上一人で平らげていた。
無言で見つめるエン婆は孫かなんかを見るような優しい目つきで見ていた。
「二人は血縁があったりするんです?」
「あぁエン婆は俺の婆ちゃんの婆ちゃんだよ」
「……おお、」
「人間にはわからんわな」
はい、残念ながらその通りでございます。
「よっしゃ!じゃあ行ってくるわ!」
グレッグは勢いよく立ち上がるとそそくさと出ていった。
ずいぶんとあっさりした別れに驚いた。
いやボクたち人間と時間感覚が違うとそういうものなのかも……うーん、文化が違う。
「アンタが行かないと片づけらんないんだがな」
「あっすみません…………ありがとうございました」頭を下げて今度こそ故郷ロックデールへと向かうべくエン婆に別れを告げた。
去り際にエン婆が「食あたりには気をつけな。『偉大な魔法使いを殺すのは退屈と食あたり』ってね」と言っていたが、なんだったんだ?聞き覚えがないけどエルフの中でよく使う格言だったりするのかな。
外へ出ると一足先に出ていたグレッグが頭に手を当てて待っていた。
「よし、行こうか」と声をかけて集落の出口へ向けて歩き始めるがグレッグはついてこない。
不思議に思い振り返ると先ほどの姿勢のまま一歩も動いていない様子だ。
「どうした?腹でも痛いのか?」
先ほど聞いたばかりの格言の出番はもうきたのかもしれない。
「ロックデールまでの道がわかんねぇ……」
グレッグ……お前もか。
「エン婆のところには恥ずかしくて戻れない……」
なるほど。思考回路が似ているからボクは彼といると居心地がいいのか。
「どうするよ?」
「ボクに聞くのか……」
「だってお前しかいないじゃん!」
「まぁたしかに、そもそもボクの目的地だしね……あっ!」
思い出した、いや厳密には思いついた。
自分の追い詰められた時の機転の回り方に関心する。
「ど、どうしたよ急に」
「ここの集落につながっていたっぽい旧街道!あそこって昔はどこかに繋がってたんじゃ――」
「――そうか!そうだよ!忘れてた『
「あっ、ごめん……そうだよね」
そうだった。自分が見たことなかっただけで彼らは人間から加害されていたんだ。
「でもいい案なのは間違いないな。パーシィが付いてきてくれたら……」
「パーシィ?」聞いたことない名前が出たので訊いてみる。
「パーシィは人の姿を変える魔法が使えるんだよ。『
「
そんな魔法をもしボクが使えたらグレッグをベルさんにして――え?ええ?!!!
「おい、どうした?!いきなり変な顔して!」
驚きすぎたボクは腰を抜かして地面に座り込んでしまう。
だってさっきまでグレッグが目の前にいたはずなのに、そこにはベルさんがいたのだから。
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