第12話 昔話の裏話


「はぁ、わかったよ……本当に知りたいんだな」

 グレッグは再度、念を押して確認してくる。

「本当は話したくないんだろ?」

 

 わざと煽るようにそういうと「まぁな」と素直に返ってきた。本当に優しくて気のいいヤツだ。

「嫌でも話してくれ」

 目を見てしっかりと頼み込むと観念したように話し始めてくれた。

 

 

「『人類の崩剣』という人類史に名を遺す偉大過ぎる二つ名を下賜されたその日にお前は、いや崩剣は姿と言われてる。実際はその後、姿を見たものはいたらしいが皆、口を揃えて言うんだ『あれが崩剣だとは思えない』ってな。」


「……え?おかしいでしょ。だって強くなって有名になって……グレッグみたいに応援してくれる人も現れて……それはもう絵にかいたように順風満帆だったんじゃ――」

 

「それはな……。あくまでもウワサなんだけど王都で執り行われた式典へ参加するためロックデールから出てきたお前の家族が王都までのその道中、賊に襲われたらしい。王国の発表だと魔族が糸を引いていたって事らしいが。これは俺たちみたいな信奉者フォロワーの中じゃただの賊じゃなくて――」


「え……」

 今、彼はなんて?

 なんだ?襲われた?誰が。

 いってるいみがわからない……。

 家族?家族って父さんが?兄さんたちが?

 なんで……。

 だれが……。

 じゃあみんなはもう……?

 


「――ハート!ハート=ロックデール!おい!聞こえるか!?」

「あっ……ごめん。おどろいて……」


「おい、大丈夫か?いや、大丈夫なわけないよな。くそっ、悪い……やっぱり話すべき内容じゃなかったよな。よしっ!……まってろ、エン婆に頼んでなにか落ち着けるような飲み物をもらってくるから!」

 

 扉の開く音が聞こえた。

 部屋の中には誰の気配もしない。グレッグが出て行った音だったのか。

 放心していたので気が付くのに時間がかかったな……グレッグ、確かナニカ大事なコトを言ってた――。

 

 あぁそうだ確か、父さん達が賊に――。

 ダメだ頭が痛い……頭の内側でなにかが暴れるような――。

 

 ――

 ――――

 ――――――目を開けると静かになっていた。ボクはいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 ベッドから出て窓を開けると月が見える……夜になってる、どうやら雨は止んだらしい。

 部屋に明かりはないが月明りで明るい。グレッグは帰ったのか部屋の中に誰の気配も姿もない。

 

 ベッドのサイドテーブルに置いてあったグレッグの用意してくれたであろうお茶で喉を潤す。

 完全に冷めてる……これはハーブティーか。

 彼には悪いことをしたな……ボクが自分で大丈夫だと言って話してもらったのに――。


 誰かいないかな、と探して扉を開けるとそこには暖炉とソファ、食卓があった。

 ここは診療所や研究室的な場所だと思い込んでいたが、どうやら誰かの家だったみたいだ。

 部屋の中を一通り見渡すとロッキングチェアで寝ているエン婆を見つけた。

 ここはエン婆の家だったのか。長々と邪魔してしまった。

 

 声をかける逡巡したが起こすのも悪いので起こさないよう小声でお礼を言って出口らしき扉へ手をかけた。


「なんだい、もう平気なのかい?」

「あれ、起こしちゃいました?それとも起きていたんですか?」

 寝ていると思っていたが起きていたようだ。

「この歳になると寝てるのも起きてるのも大差ないのさ」と言ってロッキングチェアから降りるとコチラへ来た。


「こんな夜更けに出てどうするつもりなんだい?行く当てもなかろうに」

 エン婆の言うとおりだ。

 ボクには行く場所も帰る場所も、帰りを待つ人もいない……らしい。

 ……いや襲われたとは聞いたが――


 ――殺されたとは……言ってなかった。はずだ。


 「逃げるように出ていこうとしてすみませんでした。確認しなきゃならないことが出来たので失礼します」

 頭を下げると小突かれた。

 「こういう時はありがとうございますって言うんだよ。口先だけ大人みたいになってもそういうところはガキだね」

 「いてて……。はい、お世話になりました。あとボク……は大人です」


 そう。ボクは大人なのだ。

 記憶にはないが、もう……。

 

 「いったぁっ!?」

 またしても小突かれた。しかも今までのとは違う。本気の奴だ。

 「そういうところがガキだって言ってんだよ。頭ん中はまだガキのままなんだろ?外見だけ大人になっても中身が伴わないんじゃ意味なんかないさね。そんな事もわからんからガキなのさ」


 エン婆はそういってチェアへと戻り煙草に火をつけた。

「座りな」

 あごでソファを指すと押し黙ってしまった。

 ……拒否権はある。勝手に出て行ってもいい。

 でもボクは吸い込まれるようにソファへと向かった。


 誰かと話したい、そんな夜なのかもしれない。


「お湯を沸かしておくれ。お茶が飲みたいよ」

 座ったばかりのボクにエン婆はそう言った。ボクは座る前に言えよ、と思わなくもなかったが野暮なのだまっておく。


 ボクは立ち上がりお茶の準備をしようとするその背中にエン婆が声をかけてきた。

 

「グレッグのアホは声が大きいね」


 先ほどの話は筒抜けだったようだな。

 不思議とその言葉をきっかけにして堰を切ったように涙が溢れだし膝から崩れる。


「アタシはエルフとは言えもうすぐ死ぬ。もう百年も持たん。だから安心して泣け。ガキは泣くのが仕事さね」


 あぁそうか泣いていいのか。

 そう気づいたボクは人目も憚らず泣いた。恥ずかしいなんて感情が顔を出す隙間すらない。

 十三年分の良い悪いなんて関係ないすべての記憶を必死に思い出して寂しくなって悲しくなって……。


 

 ヤカンが鳴くのも気にせず泣いた。

 

 

 エン婆は何も言わずお茶を淹れてテーブルに置いてくれた。

 

「あの、ズズッ――これは……?」

 淹れて貰ったお茶から香ってくる匂いで少しだけ落ち着いた。

 

「この辺りで採れるハーブで淹れてるから美味しいし落ち着くよ。落ち着きたくなったら飲むといいさ」


 そう言ってチェアに戻りゆっくりと揺れている。

 ギコギコと軋む音だけが部屋に響く。

 

 「美味しいです……熱いけど」グレッグが持ってきてくれたのと多分同じ味だ。あれは冷めていたからコレとは微妙に味が違うけど。

 

 「……ゆっくり飲むんだよ」


「ありがとうございます」

 頭を下げるとエン婆はなにも言わない。チェアの音も止まっていた。


 また降り出した雨音とまだ熱いハーブティーのぬくもりのおかげで冷静になってきた。


 ロックデールに帰ろう。

 父さんたちの事を誰かに聞いてみよう。

「かえ――」

 帰ろう……そう決意したとたんウソみたいに涙が溢れ出た。

 ははっ!落ち着いたなんて――ウソじゃないか。

 情けない。恥ずかしい。でも頭は冷静だ。冷静だし現状も理解してるのに。

 感情が止められない。

 

 誰もいないロックデールを想像すると悲しくも苦しくも怖くもなる。


 確かめないと進めないのに確かめたら確定してしまう。


 あぁ結局のところエン婆の言うとおり、ボクはまだまだ思っている何倍もガキなんだ。


 涙も鼻水も無限のように湧き出る自分に少しだけ自嘲して夜はさらに更けていった。


 


 

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