第10話 「元気そうだな」

「元気そうだな」

 

 グレッグは窓を乗り越えて入ってくるとベッドの端に腰掛けるとまるで旧友かのように話しかけてきた。    

 なんとも人懐っこい性格というかなんというか。

 

 まぁ地元の炭鉱町にいた子供たちもみんなこんなノリだったから話しやすいけど、見た目は女の子みたいなんだよな……。


「なんだよ?俺の顔になんかついてるか?」

 まじまじと顔を見てたのに気付かれ目が合う。


「いや、グレッグは歳、いくつなのかって思ってさ……」思わず適当なことを言って逃げてしまう。

「なんだそりゃ」グレッグは呆れたように肩をすくめた。

 

「俺たちエルフはお前ら人間なんかと違って年齢ってやつに興味ないのが普通だからなぁ。五十歳くらいまでは数えてたけど……姫様よりは下だよ」

 エルフと人間は時間感覚が違うってやつか。

 

「じゃあ誕生日のお祝いとかもしないのか」

「……別に俺は雑談しにきたわけじゃねーぞ?」

 違ったのか?見た感じの年齢が同世代に見えるから自然と雑談をしようと思ってたけど、よく考えたらグレッグは見た目より年上だしボクは見た目よりも中身が幼い状態だった……ややこしいな。


「だったら、要件はなに?」

「……記憶ないんだろ?」真剣な面持ちに切り替えたグレッグの言葉にボクも真剣な表情になり姿勢を正した。

 

「誰からどう聞いたかわからないけどね。そうだよ。今のボクは十三歳頃までの記憶しかないんだ」

「十三歳……まだ成人前でロックデールに住んでた時の年齢だな。適性試験も受けてないんだよな?勇者たちとも合ってないよな?」


 『記憶を失う前のボク』のファンとは聞いていたけど、どうやら本当みたいだ。

 

「凄いな……ボクより詳しい――って、勇者!?ボクは勇者と会ったことがあるの?!」

「はぁ?ってクソっ!そうか記憶ないんだもんな……そうだよ。お前は勇者パーティにスカウトされて勇者たちと魔王討伐の旅に出たんだよ。」


 なんということだ……勇者なんて、ど田舎出身のボクでも幾度となくウワサを聞いたことある有名人じゃないか。曰く、暗黒竜を単独で倒した。曰く、魔王軍四天王を四人相手に生き残った。曰く、単身で魔王軍数百人相手に勝ったとか、すぐに思い出せるだけでもコレだけの伝承が残ってる。まさに生ける伝説的存在なはずだ。そんな人とボクが……?


「勇者ってあの伝説の勇者様?!」

だけどな」

 グレッグはどうにも煮え切らないというか嫌味な態度だ。勇者は嫌いなのかな。

「勇者が世襲制になったのは――覚えてるわけないか。つーか生まれてないのか」

「……?世襲制じゃなかったの?」

「そもそも勇者が世襲制っておかしいだろ!アレは精神性とか高潔さとか実績とか、そういうのが大切な存在であって……」いきなり凄い剣幕で捲し立てられてしまい驚いたボクの顔を見てグレッグは静かになった。

「わ、悪い……熱くなっちまった」

 

「グレッグは勇者も好きなんだね」

「漢なら憧れるもんだろ……それに俺は大昔、勇者に救われたことがあるからか……何十年も前の話だけど。今の勇者からすれば爺さんになるのかな……あの人は本当の勇者だった……今のやつと違って」


「……なにがあったの?」

 

「いや大した話じゃねーよ。子どもの頃、出先で魔族に襲われかけたところを当時の勇者に救われた。ただそれだけのことさ。……その勇者が当時の魔王に負けて死んじまったあとから勇者の世襲制が始まった。今の人間の王族が勝手に決めたことだ」

 そう話すグレッグの横顔は懐かしそうに見えるがそれでいて憎悪に歪んでるようにも見えた。

 人間が数世代の時を重ねるほどの年月も彼らエルフからすれば、すぐに思い出せる程度の月日でしかないのかもそれない。


「今の人間の王族どもはクソだ!特にすぐそこのシンズ王国!お前の生まれたロックデールや俺たちが昔、住んでいた『アウトラ』も王国領だ。知ってるだろ?俺たちエルフになにがあったか」


「……ごめん。ボクはそれも知らないんだ……」

「あ?そんなわけないだろ!アレは十年前、お前が失った記憶は……ってそうかロックデールは王国の向こう側だから情報が出回ってないのか……」

 グレッグは一人納得した様子で黙って考え込んでる。


「ロックデールは王国領ではあるけど最果ての田舎町とも言われてるし、産業も炭鉱しかなくて交易もほとんどなかったから国内の事情には疎くて……って言い訳だって言われても仕方ないけど……エルフの人たちになにがあったか何をされたか。ボクはまだ知らないんだ……でも――」


 知らないとはいえココへ来てからの体験である程度の推測はついている。ハウラスの演説、人々から人間ボクへ向けられた視線それらが物語っていた。


「――奴隷産業、と差別。」

 コチラを向き歯を食いしばるグレッグは今にも泣き出しそうだ。

 思わず謝りそうになるが……多分ボクが謝るのは彼らにとっても失礼になるかもしれない……。

 なにもわかっていないボクに出来ることも言えることもないんだ。


「人の歴史は奴隷と差別。エルフの中でずっと言われていた教訓みたいなもんだ。だからできるだけ人間とは関わるなって言われていた。だけど今の姫様の、ベル様の親は……そう思ってなかった。だから俺たち一部のエルフは当時、アウトラって呼ばれる街で生活をしてたんだ」


 ……それが悲劇を生んだ……。

 小さく、か細くそう言ったきりグレッグは黙って窓の外を眺めていた。

 ボクはその先を促すことができずに組んだ掌を黙って見つめていくらかの時間を過ごすとグレッグが唐突に口を開いた。


「こんな話するためにきたんじゃねぇのになー」

 グレッグは頭を抱える。

「……本当はなんの話をしようとしてたの?」


「お前の話だよ。つーか俺の知ってる『崩剣』の話をしようと思ってさ。つってもウワサ話程度でしかないんだけどな」

 ボクの、失った分の記憶の話。

「それ、聞かせてもらえる?もしかしたら思い出すことがあるかもしれないし。」

 

「……まぁ本当はそんな気分じゃねぇんだけど」

 グレッグは少し恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いてる。

「あくまでウワサだからな。俺が見たとかじゃなくて勝手に聞こえてきたウワサ!」前置きがしつこい……あぁそうか。『めっちゃ詳しい!ボクのこと大好きだったんだね』とか思われたくないのか。


「人間とエルフの仲が険悪になってからの話だから本当にウワサ程度だぞ?」

「わかったって。大丈夫。気にしないよ。」


「じゃあ……」長い前置きがようやく終わってグレッグは語り始めた。

 この話はきっと長くなると勝手に思い込んだボクは少し寒くなってきたことを伝えグレッグに窓を閉めてもらうよう頼むと外で少し雨が降り始めたのか雨音が聞こえた。


「崩剣――正しくは『人類の崩剣』ってのは元々とあるエルフの魔法使いに付けられた二つ名だったんだよ。それこそ千年以上前のな。その二つ名を襲名できる存在がずっと何百年も現れなくて……やっと現れたのが『ハート=エンゼルファー』お前だったんだよ――」

 

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