第8話 集落


 ハウラスを倒しエルフの集落へと戻る道中、なんとなくお互い気まずい感じがして終始無言だったが見張り塔が見えてきてボクは思い出した。


「アレ?このまま帰るとボクってまた捕まるんじゃないですか?」

「大丈夫だと思う。ハウラスを倒したことはもう伝わってると思うし、そうしたらハートが『崩剣』ってもうみんな確信したはずだから。」


『崩剣』……また言われたけどなんなんだろ……。

 聞いてみるか……。

 ボクは立ち止まって尋ねてみる。 


「ベルさん、ずっと気になってたんですけど、その崩剣って――」


「人間だー!!!」

 聞き覚えのある声が響き渡る。

 どうやら昨日、見張り塔にいた人は今日もきちんと仕事をこなしているらしい。


 あっという間に武器を構えたエルフたちによって包囲される。「動くな!」と言われるが、言われなくてもそうする。この状況で動ける胆力はボクにはない。


「まて!ハウラスは倒した!彼は本物の崩剣だ!」

 ベルさんがボクを庇うように前に立ってそう告げると皆、一様に武器を下ろしてくれた。


「姫様、それがどういうことか分かってますか?」

 精悍な顔立ちのエルフが口火を切った。

 きっと彼がこの隊の隊長なのだろう。

 ほかのエルフ達よりひと回り身体が大きい。

 

「もちろん分かってるよ。」 

「いいえ、姫様はわかっていません!魔王軍四天王アズウェルの軍隊と闘って勝てるだなんて本気で思ってるんですか?!崩剣とはいえ、そいつは記憶喪失なんですよ!」

 ……あぁボクのことか、ボクの話題だけど発言権が無さそうだし黙っておこう……。


「でもその記憶喪失の段階で側近のハウラスを真っ二つにするほどの魔法が使えるんだよ!?もし記憶が戻ったら何にも問題ないじゃない!エン婆なら記憶を戻す魔法も知ってるかもしれないし!」

「だとしても魔王軍四天王を倒したなんてなったら魔王が黙ってないですよ!」


「……あの、すみません。」恐る恐る手を挙げる。


 全員の注目が集まる。

「お前は黙ってろ!」と横から怒鳴られる。

 声の主は今朝ハウラスが飛んでくる前に牢へ来た少年兵だった。


「あっ君は今朝の――」

「黙れと言ってるんだ!」

「グレッグ!お前がうるさいぞ!」グレッグと呼ばれた今朝の少年は隊長に怒られて肩を落とす。


「で?なにが言いたかったんだ?」

「あっはい。ずっと知りたかったんですけど……崩剣ってなんですか?そんな武器ボクは持ってないですよ?」


「……」「……」

「……」「……」

 この場にいる全員が押し黙ってしまった。

「……やっぱりコイツ偽物なんじゃねーか!」グレッグ少年はコチラを指差してそう言うと隊長に頭を叩かれた。

「いってー!」

「グレッグお前黙れって言っただろ!」

「でも兄さんだって同じこと思ったろ!?」

 ……あの二人は兄弟なのか!

 たしかにエルフは美形揃いだから気にしてなかったけどよく見てみると似てる気がする。


「二人とも黙って!」ベルさんが一喝すると二人は静かになった。こういう姿を見ると彼女が本当に王族なんだと実感する。

 田舎生まれのボクは王族なんて生まれてこの方見た事もないので今更ながらに緊張してしまった。


「ハート、崩剣はアナタの二つ名だよ。シンズ王国の国王から数年前にもらった筈なんだけど……。そっか、その辺の記憶もないのね。」


「少なくともボクの記憶だと国王様なんて会ったことがないですよ。それにそもそもボクなんかと会う理由もないですし」


「……姫様、少し良いですか?」

 そういうとベルさんと隊長は少し離れた場所で内緒話をし始めてしまった。


「おい、お前さっさと偽物だって自分から言えよ」

 と、グレッグと呼ばれた少年が絡んできた。


「また怒られるよ?」

「うるせぇ、そんなことより早く自白しろ。お前なんかがあの崩剣なわけないんだから」

「……あの、とか言われても記憶がないんだから知らないって言ってるじゃん。そもそも崩剣とか言われてもそんな言葉知らないし、そんなにすごい意味なの?」


「はぁ?!崩剣って言ったら世界中の魔法使いが目指す憧れの二つ名だろうが!!」

「グレッグ!!」

 急に大声出したから彼はまた隊長にこっ酷く叩かれている……。泣くぞ、ほら泣くぞ。

 と、思ったがどうやら泣かないらしい。

 可愛らしい見た目に反して存外しっかりしている。


「なぁキミのフルネームを教えてもらっても良いか?」と隊長から聞かれる。

「え?はいボクはハートです。ハート=ロックデール――」「ふざけるな!!」


 叩かれて大人しくなったはずのグレッグがまたしても大声で叫んだ。

「グレッグお前黙れって何度言えばわかるんだ!」

「兄さん!それどころじゃないよ!コイツふざけてやがるんだ!」コチラへ飛びかかってきそうな気迫で叫ぶグレッグを隊長が押さえつける。


「ふざけてないですよ!町の名前が名字なのはボクたち炭鉱町の出身だとよくある話ですし」

「エンゼルファーじゃないの?」とベルさんに聞かれる……エンゼルファー?誰のことだろう?


「姫様!違うんですよ!エンゼルファーは勇者パーティに入ってから人間の王につけられた名字で、幼少期は生まれ故郷のロックデールと名乗っていたんです!」

「へー?そうなの?」グレッグの必死の叫びと対照的にベルさんは落ち着いてコチラへと確認してくるが記憶にないので首を傾げることしかできない。


「それにしてもグレッグはずいぶん詳しいなぁ」

 ベルさんがグレッグを褒めると照れながら笑って「はい!俺より崩剣ハート=エンゼルファーに詳しい人はいないって自信を持って言えます!大ファンです!憧れです!」


「……じゃあグレッグお前、初級風魔法を連続で何発撃てる?」グレッグを抱き抱えた隊長が覗き込むようにして聞くとグレッグは「十発くらいはイケるけど……それが?」と訝しげに答えた。

 

「そのあと間断なく風刃も撃てるか?」隊長の質問は続いた。

「そんなん無理だよ。それこそ崩剣クラスの――」

「彼はそうやって魔王軍四天王の側近を倒したらしいぞ」


「…………は?」グレッグの顎が外れそうになる。


「ちなみにウソじゃないよ!私が見たもん。」

 と、ベルさんが自身の両目を指差してる。


 ……くっそ可愛い。


「な?は……いや?え?そんな……」

 とか不思議な呪文を唱え始めたグレッグを隊長は手放した。するとすぐ力なく崩て膝をついた。

「すまんね、コイツはキミの大ファンでここ数年ずっとキミみたいになるって言って頑張ってたんだ。急に本人登場で驚いたんだろう」

 隊長がなんか微妙にズレた解説をしてくれたけど多分違うんだろうな。


「グレッグ、認めろ彼は本物の崩剣だ。見ろ、あんなボロボロで魔法を連発なんて普通の人間にできないだろ?」


 ……ボロボロ。

 完全に忘れてた。

 昨日からずっと服も身体もボロボロだし、なにも食べてないし、喉も乾いた……。

 ダメだ限、界、



「きゅー……」バタンっ!


「ええ?!」「うそ?!」「……」

 

 ボクの記憶は一旦ここで途絶えた。

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