第4話 人とヒト

 エルフの集落へ辿り着くも牢屋に閉じ込められたボクはすることもないので地べたに座り、のんびりしていた。

 牢屋といってもコレは地下牢のような堅固なものでなく、竹で作られた檻が集落の入り口にいくつか並べられていてその中のひとつである。

 

 ……このまま外で何日も過ごすのは辛いな。

 

 なぜこんなに落ち着いていられるのかといえば、それはひとえにベルさんのおかげだろう。

 ボクが屈強な男性エルフに囲まれている時も警備隊長的なヒトの号令一つで連行される時もずっと彼女はボクの味方でいてくれた。

 そんな彼女の姿を見た僕は『彼女に任せよう』と思えたのだ。

 

 情けない?大丈夫。自覚はある。

 

 そしてこれは何の根拠もない推察だが、おそらく彼女には彼女の理由があってボクを助けようとしている。と感じた。


「姫様のお転婆ぶりにはいい加減疲れるな」

「もうすぐ成人だっていうのにアレはなぁ。さっさと男でも見つけて落ち着いてくれると有難いんだがな」

「あの方は男ができたくらいで落ち着くとも思えんがなぁ」

「……間違いない。」


 近くを通ったヒトたちの会話が聞こえた。

「姫様……?ベルさんは姫様だった?まぁアレだけ美人なら姫様っていうのも納得だな……ならなんで1人であんなところに?」

 

 話をしていたエルフたちは立ち去っていた。 

 彼らは集落の夜警をしているのだろう。さっきから幾度となくこの辺りを見回っている。

 ベルさんの話や集落を囲むように敷かれた防衛線、そして見張り塔の数からしてここが魔王領並みに危険をはらんでいるのは間違いなさそうだ。

 夜警の数もボクの生まれた町とは数も本気度も全然違う。


 それにさっきから集落なんて言っているがココは規模だけで言うなら下手な人間の町より大きく見える。

 人(エルフ)の数も家の数もざっと見ただけだがとても多い。

 兄さんやベルさんの言っていたように王国との間に諍いがあってここへ逃げてきたんだろうなっていうのが容易に想像できてしまう。


 なにがあったのか詳しくは知らないが彼らエルフの人たちがこちらへ向けた、その目から伝わってきた感情は簡単に氷解できるとは思えなかった。

 ボクは生まれて初めて受けるそれが敵意と呼ぶものだとはまだ確信できずにいた。


 ――――


 どうやら寝ていたようでいつの間にか陽が登り始めていた。肉体的な痛みと精神的な疲労が重なって知らぬ間に寝ていたらしい。

 ……狭い檻の中、変な姿勢で寝たためか、記憶を失う前にした怪我の影響かあちこちが痛い。

「うっうー……」

 外で一晩寝たため喉がカラカラだ……


「はい、これ飲んで。身体は平気?」

「ベルさん!?ありがとうございます!」

「しーっ!静かにして、バレたら怒られちゃうから。」

 渡された水で喉を潤してから「すみません」と謝ると「こっちこそごめんね」と彼女は言った。


「まさか問答無用で牢屋行きになるなんて思ってなくて……さすがに多少事情を聞く余裕くらいはあると思ってたんだけどね。」

「なにかあるんですか?」

「ん……ちょっとね。面倒事が近く起きそうっていうか……それでみんなピリピリしててこんなことに……ってハートには関係ないよね?ごめん。」


 面倒事……?聞いてなかった、よな?

 ベルさんは意外と大事なことは言わない節がある。

 嘘つきとかそういうわけではないが……。

 

「つまりボクは人間だから嫌われていてココに入れられたんじゃなくて、邪魔だからとりあえず入れられたって事ですか?」


「うーん、どっちも……かな?ほんとごめん!代わりじゃないけど私が全力で精神魔法に詳しい人から解決法聞いておくから待ってて?」

 そう言って彼女は去ってしまった。


「……お腹すいたな……」

 次は食べ物もってきてほしい……。

 いつから食べてないのかも定かではないのだから。


 警備の数は太陽が昇るとともに増えていく。

「すみません!なにか食べ物って――」

 通りかかるヒトたちに声をかけるけど誰も彼も無視するだけで通り過ぎていく。

「……まるで透明になったみたいだ」


「見えてるぞ」

「ひいっ!?」

 いきなり檻の前に現れた老婆にボクは驚いて腰を抜かしてしまった。

 そんなボクを見て老婆はケラケラ笑っている。

 耳が長い、このヒトもエルフなのか。

「幼姫様の言ってた見た目のわりに中身が幼いというのはお前のことで間違いなさそうじゃな」

「……アナタが精神魔法に詳しいっていうヒトですか?」ベルさんが探していたのは……この老婆なのか?だとしたら中々にクセがある。

 炭鉱町にも変わった人がたくさん集まっていたが流石にこんな『物語の魔女』みたいな怪しいのはいなかった……。


「お前のいうヒトは「人」か?それともか「ヒト」か?」

「……は?」

 何を言ってるんだ……?

「繁殖力に優れただけのキサマらが数にものを言わせて、いつからか勝手に自らだけを人と名乗り他のものたちを分け隔て差別した歴史はキチンと知ってるのか?」

「……えっと、それは――」

「自分勝手に敵を作り排除し怨みを買うお前ら人間が魔王を作り出し続けるとは気づいているのか?!」


 なんなんだこのヒト……この、人……。


「すみません、よくわからない……です」

「ウソだな!目を逸らすな……お前はわかってるはずだ。だからお前は――」

「大婆様!こちらにいましたか!」

「今日は危険ですから出歩かないでくださいとお伝えしましたよね!」

「もう帰りますよ!」


 警備の人たちが騒ぎに気がついて老婆を連れて行ってくれた。老婆は去り際にボクへ向けて「お前は業とどう向き合う」と問いていった。

『業』……『人の業』

 ボク自身エルフをヒトと呼び人と無意識のうちに区別していたことを見透かされた……。

 ベルさんと出会い助けてもらいここまで一緒に来て……違うことなんて寿命の長さと耳の形くらいしか知らないのに……。

 なんでだろう……この根元には誰かの思想のようなものがあった気がする。

 両親や兄妹よりもっと上の大きな声によって染み込まれた…………。

 

 

「タウン……クライヤー?…………」

 そうだ!『タウンクライヤー』だ!

 王国からの公告や条例を伝えに来る彼らが言っていた。『エルフは人じゃない』『国王に逆らったから反逆者だ』クライヤーは一時期そんなことを何度も何度も繰り返していた。

 一番上の兄がエルフに興味を持ったのも確かクライヤーが毎週そんなことを言うからだったと思う。もっとしっかり兄さんの話を聞いておけばよかった。

 大陸の向こう側の出来事として気にしていなかった……。 

 そうか、あれは確か三年くらい前だったかな……。

 ちがう。

 ボクにとっては三年でもそれに空白の消えた数年があるのか……「約十年前……」

 ベルさんの言っていた『私たちエルフは十年前に色々嫌なことがあって王国から逃げ出してるんだよね』という言葉を思い出す。


 さっきの老婆の話ぶりからすると差別や迫害があったのかもしれない……。

 子どもだったとはいえ何も知らない……そういえばボクはもう子どもじゃないんだ……。


 ボクにとっての三年前が十年前って事は消えた記憶は七年?つまりボクは今、二十歳前後ということになるのか……知らない間に大人になってしまった。


 昨日の今頃のボクはまだ記憶を失っていないはずだがいったい何をしていたんだろう。

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