第3話 人間とエルフ

「え?!十四歳?!」

 ベルさんはとても驚いた様子でボクの背中に乗ったまま肩を揺らす。

 その驚いた顔が見たかったけど我慢した。

 

 ボクは炭鉱の町で生まれたから我慢強いけどもし違う町で生まれてたら我慢できなかったかも知れない。


「ホントに十四歳なの?変な冗談やめてよ?!」と念押しで聞いてきた。

「はい、もうすぐ成人ですよ?」

 ここ『シンズ王国』では十四歳になると成人になって『魔術適性』の検査が義務付けられている。

 あと数週間でボクもその検査を受ける予定だ。

 ……でもエルフの人たちも同じなのかな?


「はぁあ……人間とエルフは歳のとり方が違うとはいえビックリした。それが本当なら驚きだ!絶対20歳は越えてると思ってたよ。」

「え?!そうなんですか?あの……それってどういう意味なんでしょうか?」

「単純にエルフは長寿ってだけだよ?……例えばさ私っていくつに見える?」


「……たぶん、二十歳くらいでしょうか?」

「はぁ?!そんなわけないじゃん!ってなるよ?」

 ビックリした。怒られるのかと思った。

「百歳は越えてるよ。細かい数字は教えないけどね」そう言って笑う。

「えっと?それって――」

「寿命が違うってこと!……んー人間の歳は見た目じゃわかりにくいなあ」


 確か『大陸の向こう側にエルフっていう長命の種族がいて、みんなスゲー美男美女ばっかなんだけど魔法が得意だからって偉そうにしてたら、国王様とかに嫌われてこの国から追い出された』とか一番上の兄さんが最近言ってたな、長命ってそういうことなのか。


 あれ?エルフは王国から追い出されたって兄さんは言ってたけど、もし兄さんの言う通りならここは王国領じゃない?

 もしそうならここはどこなんだろう?

 


 そんなことを考えながら歩き続けると涼やかな風が吹いた、どうやら川が近いらしい。水の流れる音が聴こえてくる……と急に尿意を催す。

 

「す、すみません。いったん降りてもらってもいいですか?」

「ん?どうしたの?」ベルさんに背中から降りてもらう。

「ちょっと待っててください!すぐ戻ってきます!」と告げて森の中へと走っていく。

「あぁ……なるほど。」


 ベルさんは察してくれたようだが嬉しくない。


 身体の痛みに耐えながら見えない場所まで走って行って用を足そうとズボンを下ろした時、初めてソレに気がついた。多少の違和感はずっと感じていたが目の当たりにして驚愕した。


 コレは!!??


 大人のだ?!

 

「うう……うぅ……うわぁぁあ!」と思わず叫ぶも手にかかったら嫌なのでキチンと用を終わらせ、川で一応手を洗う。

 十四年間何度も見てきた、辛いことも楽しいことも悲しいことも苦しいことも全てを共にしてきた相棒が……。

 

 水面に反射する森を見てボクは水面を覗き込む。するとそこには自分の知らない人が映っていた……。


「ひいぃぃっ!?」驚き腰を抜かし地面に座り込んで後退りする……。

 誰だあれ?!……でも見覚えがないわけじゃなかった気がした……。


 ……兄さん?

 よく考えると映っていたのは一番上の兄さんに似てた気がしてきた。

 確かめるべくボクは恐る恐る水面をもう一度覗いてみた。

「……兄さんとは違う……けど、コレは……ボク?」

 まじまじと見たその姿は大人になった自分に見える……黒い髪とうっすらと赤い瞳、子供の頃からあった白髪は頭の半分近くまで侵食しているようだ……。


「――何年分の記憶が無くなってるの?」


 振り返ると、いつの間にかベルさんが背後に立っていて、そう言った。ボクは頭がまだ混乱しているので上手い返答が思いつかなく、口を魚のようにパクパクすることしかできない……。


「成人をとっくに済ませた人間に見えたのに言動がずいぶんと子供っぽいから不思議だったんだよね。炭鉱町出身の割りに言葉遣いも荒っぽくないし。もしかしたら『キミが思ってるよりもずっと多くの記憶を失ってる』んじゃないかって思ったんだけど。残念ながら正解だったかな?」

 彼女の言葉を頭の中で組み立てようとするけどショックが大きくてうまくいかない。

 

「大丈夫。に任せて。」

 そう言って抱きしめてくれた彼女にボクは劣情のカケラも抱くことなく安堵から声を振るわせる。

「ありがとう……ございま――――私たち?」


「このまま道に沿っていって集落へ帰れば記憶を戻す方法について誰か知ってる人がいると思うんだ。私たちエルフは魔法が得意だからね!期待していいよ!」

 集落?そうか、よく考えたら一人暮らしだなんて言ってなかったな。何を勝手に妄想してたんだ。恥ずかしい。

 

「暗くなる前に帰りたいしそろそろ行こうか?」

 ベルさんはそういうと歩き出してしまった。

 まだ足元がおぼつかない様子から察するに完全には回復していないのだろう。


 ボクが落ち込んでいるから気を使って自分の脚で無理に歩いてくれているんだとしたら……。

 彼女は綺麗なだけでなく強く、優しい。

 ただふと、なぜ自分のような得体のしれない奴にこんなに優しくしてくれるんだろうと不思議に思ってしまう。

 

「あの、なんでボクにそんなに優しくしてくれるんですか?」

 先を行く彼女にそう問いかけながら後を追う。


「なんで?んー理由は色々あるよ。うちの集落に人間のハートを連れて行きたかった、とか見た目と中身のギャップが気になったとか。あとは単純にどうやって魔法も使えないキミがここに来れたのかも知りたいしね。」

「そんなに興味持ってもらえてたんですね。ちょっと恥ずかしいな。」ボクは恥ずかしさから頭を掻く。


「そりゃ興味もつよー。魔法を使えない人がにいるなんて違和感しかないし。」


 魔王領って今……彼女は確かに言った。

 つまりここは人類全ての宿敵と呼ばれる『魔王』の居城に近いということだ……。


「こ、ここって魔王領なんですか?!」

「あれ?言ってなかった?」

「聞いてないです!ランブルドックがいるからもしかしたらとは思っていたけど……」

「あれ?そういえば言ってなかった。まぁそんなわけだから先を急ごー!GOGO!」


 天真爛漫とでも言ったらいいのか上手くボクには表現できないが歳上の美人さんに微妙に振り回される日が来るなんて思ってなかったからちょっと幸せだ。


 あとは集落へ行って記憶さえ取り戻せれば……あれ?記憶を取り戻せたらもう彼女とはお別れなのか……。

 それはそれで悲しいな。

 ――――――

 いくらか歩くと遠くに灯りや塔のような高い建物が見えた。というかアレは見張り塔か。


「今更だけど言っておくね。」

 今までとは違う真剣そうな口調でベルさんは話を始めた。

「私たちエルフは十年前に色々嫌なことがあって王国から逃げ出してるんだよね。だから集落の中にはキミたち人間をひとまとめにして憎んでるヒトも少なからずいるの。だからもし嫌なこと言われたらごめんね?」


 ……兄の言っていたことはあながち間違っていなかったようだ。


「でも、ベルさんの仲間や家族なんですよね?ボクは信じてますよ!そんなに怖い方たちじゃないって!だってベルさんは優しいしキレ――」


「人間だー!!!」

 ずいぶんと上の方から大声でそう叫ぶのが聞こえた。どうやら見張り塔の人が仕事をまっとうしたらしい。

 集落を外壁に備え付けられた木製の門が開くと中から大勢の男性エルフが現れあっという間にボクを取り囲み、木で作られた牢屋へと運んでくれた。


 なるほど……問題の根は深そうだ。

 何もできないボクはただ一人牢屋の中でわけ知り顔で頷くのだった。

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