第2話 雨宿り

 不思議なことにボクは今、美人なエルフさんと大きな木の下で隣り合って雨宿りをしている。

 今まで見たことないその美しさに委縮したボクは直視する勇気がないので横目でチラチラと盗み見る。

 

 「ねぇ人間たちの間では今そういう服が流行ってるの?」

 

 ……え?服?流行り?何を急に?

 そう言われたので自分の服を見ると腹部に大きな穴が開いていて、おへそが丸見えだ!

「あれれ?なんだこれっ!?」

「あはっ!良かった、そういう変な服が流行ってるわけじゃないんだ。」

 

 くっ!笑顔も可愛すぎる!さっきまでのクールな感じとは違う柔らかくて温かみを感じる笑顔がボクを苦しめる――。


 じゃなくて!なんだこれ?

 棒状のなにかに貫かれたのか背中側にも穴がいている。でもお腹には傷がない……。

 身体中の痛みと急な雨と美しすぎて可愛すぎる存在に声をかけられたこと、と矢継ぎ早に様々なことが起きていたので気付けずにいた。


「あれ?気が付いてなかったの?こんな大きな穴なのに……」

 そういって彼女はボクの服の穴に指を入れる!

「ひゃんっ!!」

 変な声が出てしまう。恥ずかし乙女ー!

「あははっ!ごめんね。変な声出させちゃった。」

 

「うぅ恥ずかしいです。……あの、ここってどこなのか聞いてもいいですか?」

 本当はもっとこうして、じゃれていたいけど……今は情報が欲しい。

 聞いてからでも遅くはないはずだ!


「えぇ、ここがどこって?……え?まさか本気で言ってるの?」

「はい。ここに来る前の事をどうにも思い出せなくて――」

「なにそれ?何かあったの?君はアウトラの住人じゃないの?」

 急に顔が近づいて来た!いかんでしょ!!

 耐え切れず顔を背ける。

 

「はい!いえ、それもわからなくて記憶がないんです!……なのでここへ来た理由もここがどこなのかもわからなくて……。」

 

「記憶がない?……じゃあ自分の事とか何も思い出せないの?」

 

「いえいえ、そこまでじゃないんですよ!ただの記憶が抜けてるみたいで……服もボロボロだし身体も傷だらけ……なにがあったらこうなるんだろう……って感じです。」ハハッと苦し紛れの乾いた笑いが出る。

 

「生まれた町のことも両親の事も兄弟たちの事も覚えてるんですけど、ここに来る前の記憶だけなくて……」


「はぁ~。そっか、大変だね。二日酔いとかなのかな?あっ、ちなみに私の名前はベル。あなたの名前は?」

「ボクはハートです。よろしくお願いします。」

「ハート……ね。よろしく!ハートはさ、エルフと会うの初めてなんだよね?」

 

「はい。……あの、さっきはいきなりすみませんでした!」

 勢いよく頭を下げる。女の人を怒らせたらとにかく謝れって父ちゃんが言ってた気がする。


「……なにに謝ってるの?」ジッとこちらを見ているのが伝わる。

「その……初対面で見た目の事、耳のをその……」と大人しく白状するとベルさんは優しい表情に戻り「なんだそんな事か」と言って木陰から出て行った。


 雨はちょうど止んだようだ。

 雲の切れ間から落ちる日差しが彼女を包み込む。

「ホントは嬉しくないし怒る人もいるかもだけど私は初めてなら仕方ないかなって思うよ?しかも記憶ないんでしょ?いきなりそんな状況に――――」


 雨上がりの日差しが反射し彼女の美しく長い金色の髪が映える。ボクはその幻想的な姿に心奪われ何を言われているのか聞こえていなかった――。


「はいはーい!聞いてる?無視しないでよね?」

「すみませんっ!」驚いた。彼女が目の前まで来ていたことに気が付かないほど放心していたらしい。


 「もう!キミの事なんだから自分で考えないと!」

 ?なんの話だろう……少し放心していただけのつもりなのに知らない話題になっていたらしい。


「あの……ごめんなさい、もう一度お願いできますか?」

「仕方ないな。まったく、何考えてたんだか――」


 アオォォォン!

 アオォォォォン!

 犬の鳴き声?……違う魔獣だ。それもかなり近い。

 ベルさんのほうを見ると冷静に辺りを見渡している。彼女はただの一般人のボクより戦闘に慣れていそうだ。


「ランブルドックだね。『避雷針ライトニングロッド』」

「はい!」と元気よく返事をする。彼女は何らかの魔法を詠唱したらしいがボクにはそれがなにか理解できない。

 なんだろうこれ。ベルさんの体の周りに棒状のモノが浮いている。

 


「グアアっ!」雑木林のほうからそんな鳴き声が聞こえると「危ないっ!」

 

 ベルさんがボクの前に飛び出してきて光るナニカから守ってくれた。

「ランブルドックは雷を使うから気をつけて!ハートは魔法使える?」

「……いえ。」

「あら?じゃあ私の後ろに隠れてなさい!『土人形ゴーレム!ランブルドックを倒してきて!』」

 ベルさんが土に両手をつけると、その少し先の地面が隆起し大きなゴーレムが生まれた!


「凄い!ゴーレムなんて初めてボク見ました!」

「そう?ふふん、1体しか出せないなんて言ってないわよ?」とドヤ顔でベルさんは次々とゴーレムを出してく。


 ドヤ顔のベルさんむっちゃ可愛い!つよ可愛い!


 ベルさんは全部で5体召喚したところで魔力切れを起こしたのか足元がおぼつかなくなったので肩を貸すと「ありがと」と小さくお礼を言われた。

 その身体は想像以上に軽くて吹けば飛んでいきそうなくらいだった。

 

「コチラこそありがとうございます。」

「?……なにが?」

「え?助けてくれたから……」

 ゴーレムたちが恐ろしい強さでランブルドックの群れを蹂躙していく様を見てボクは恐怖を覚えた。

 絶対にベルさんは怒らせちゃいけない……。

 それにしても、ランブルドック……たしか魔王城の周辺にしかいない魔獣だったはず――あれ?なんでボクはそんなこと知ってるんだろう……?

 もしここが本当に魔王城の近くならボクはそんな所になんで来てしまったのだろう。僕の街は大陸の反対側なのに……。

 

「あー……まぁ私が勝手にやった事だからお礼とかいらないんだけど……じゃあとりあえず私は命の恩人だね?」

「はい!」

 気が付くとランブルドックの群れを蹂躙し尽くしたゴーレムは土へと帰っていった。何体居たんだろう。


「命の恩人の言うことは何でも聞くよね?」

「…………はい?」

 ゴクリっ……ボクはこれから一体どんなお願いをされるんだろう……。

 肩にかかるベルさんの体重と呼吸のたびに揺れる髪がボクの想像を掻き立てる。

 ダメだ!彼女は命の恩人!変な事考えちゃダメだ!

 

「……家まで運んでくれる?」

「はい!…………ええぇ!?」

 家までってつまりそういうアレ?!

 いいのか?!やっちゃうのか?!

 ボクまだけど許されるのかーっ?!


「よし!ほかの魔獣が集まる前にさっさと行こっか。」

「はいっ!」


 肩を抱えたまま数歩、歩いただけでめっちゃ歩きにくい事に気づく。

 ボクが傷だらけの打撲だらけだからかも知れない。

 いやウソだ。本当はこれ以上興奮しないように体の密着を避けてるからだ!ごめんなさい!でもこの感情は止められないんです!


「あの、歩きにくいんで背中に乗ってもらっていいですか?」

「え?大丈夫?」

「はい!ボク炭鉱町出身なんで体力に自信あるんですよ!」


 《肌!密着!匂い!感触!》

 

「……じゃあお願いしようかな。ごめんね、魔力切れって久しぶりだから結構ツラいんだ。」

「そうなんですね……魔力切れって体験したことないからわかりませんでした……」


 おんぶをするためしゃがみ込んだボクの肩にベルさんが手を乗せる。


「……え?魔力切れしたことないってどういう意味?」


「えぇ、そこですか?……とりあえず乗ってください。移動しながら話しますよ。」

 そういうと彼女はボクに跨った。 

     《感謝!!》

 

「で?」

「はいっ?!」驚いて変な声が出た。

 おんぶしてる時に話しかけられるとこんなに近くに感じられるのか……。

「魔力切れの件、教えてくれるんだよね?」

 

「……あぁその話ですね。よくある話ですよ、魔力はあるんですけど才能がなくて魔法そのものが全然使えないだけです。」

「じゃあ練習とかは?」

「さっき言った通り炭鉱町の生まれなんで魔法を使える人に会った自体初めてです!」


「魔法を使う人にも会ったことないってキミ、どうやってここまで生きて来たの?」

「え?普通に生きてきましたよ!炭鉱では魔法がなくてもできる仕事はやまのようにありますし。」

 

「あ、違う違う、生きてきたってそういう意味じゃなくて『ここまで来るのに』どうやって魔法なしで来たの?って意味だよ?ここはさっきのランブルドックとか他の魔獣もたくさんいるし、危険な場所なのに。」


「……あっ!そういう意味でしたか。すみません勘違いてました。」

「わかりにくくてごめんね?」

「いえ、ボクが悪いんで気にしないでください。でも、そうですね……服が破れていたりあちこち怪我もしてますし、もしかしたらなにかに襲われたのかもしれないです。」

「そっか、その辺のことを覚えてないんだもんね。思い出せるといいね。」

 

 思っていたより誰かを背負ったまま歩き続けるのはしんどいな……なんて思いながら放棄された街道を進んでいく。

 

「あとさ、ちょっと気になってたんだけど……ハートって何歳なの?」


「え?ボクですか?もうすぐ《・》」


「は?……え?」

 

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