転生オタ女とシスコン兄の求婚(下)

「ハーレットが婚約したのを知ってるかい?」


 ハーレットとは、従兄いとこのハーレット兄さまのことだ。


 ハーレット兄さまはお兄ちゃんよりひとつ年下で、見た目は……まぁまぁ普通?

 貴族だからそこそこだけど、美形というカテゴリで上位に食い込むお兄ちゃんとは、比べるまでもない。


「ハーレット兄さまがご婚約? 初耳です」


 あたし、親戚しんせき付き合い適当だからな。

 もうちょい、ちゃんとしないとな。


 ハーレット兄さまが婚約した。

 で、それがなに?


 あっ、もしかして前振りか?

 お兄ちゃんも婚約するとか?


 だったらいいけど。

 よしっ、聞いてみよう。


「もしかしてお兄さまにも、そのようなお話が来ているのでしょうか?」


「来ているよ。全てお断りさせてもらっているけどね」


 美形にのみ許された爽やかスマイルで、ロクデモナイことを即答しやがった。

 なんでお断りしてるのよ!


「そ、そうです……か。お断りはしない方向で、善処ぜんしょなされてはいかがですか?」


 お兄ちゃん、貴族の令息としてはもう適齢期てきれいきだよ?

 あたしのアドバイスに彼は真面目な顔をして、


「ルウネとなら、結婚したいと思うよ」


 なにその冗談。

 マジでゾワッとしたよ。


 兄のキモい冗談にため息をついて、


「そのようなご冗談をおっしゃるから、お兄さまは婚約者ができませんのよ?」


 冗談には冗談で返す。


「まぁそれは、わたくしほどの美少女が側におりますもの。お兄さまがお相手選びに慎重になってしまうのも、納得できますけれど。うふふ」


 実際、今世のあたしは美少女だ。かわいい。

 もしこれが前世での姿だったら、美少女キャラのコスプレしてネットでバズリまくりだったろうな。そして芸能界デビューだよ。

 そんな妄想が膨らんじゃうくらい、今世のあたしはかっわい~いの♡


 なんかもう、自分が『推しキャラ』になっちゃいそうだよ。

 ひとりのときなんか、鏡の前でかわい~ポーズして、ニヤニヤしちゃってるもん。


 ……え? キモくないよ、普通だよ。


 細い顎に手をそえ、思案顔のお兄さま。

 そして彼は、


「どうだろう、ルウネ。本当に私と結婚しないか?」


 まっすぐにあたしの目を見ていった。


「……はい?」


 なにいってんだ? コイツ。


 この世界でも、兄妹とか親子での結婚は認められていない。

 遺伝子がどうこうという科学的な理由じゃなくて、なんか宗教的な理由でだけど。


「お兄さまは、昔からご冗談がおヘタくそですわ。うふふ」


 思わず「おヘタ」というところを、「くそ」までつけちゃったよ。


「冗談ではないのだが……な」


 困ったような顔で苦笑するお兄さま。

 もし妹じゃなかったら、ドキッとしちゃうかもしれないほど色っぽい。


「ルウネ。私とお前は兄妹きょうだいではない。おヘタくそな冗談ではないよ。事実だ」


 兄妹じゃないって……ん~?


 小首をかしげるあたし。

 いつもなら愛らしく見えるよう演技するところだけど、そんな余裕もなく目が点だ。


(それって、どゆこと……?)


 間抜けヅラをさらしながら、取り立てて高性能ではない脳みそをフル稼動。


 いやいやっ! お兄ちゃん。あなたとあたし、顔も体型も結構似てますよ!?

 髪の色も目の色も同じですし、兄妹といって疑われたことないですよね!?


「やはり私は」


 お兄ちゃんは前のめりになると、テーブル越しにあたしの右手を握る。

 そして、


「ルウネ、お前を愛している。この気持ちを裏切るのなら、私はなんのために生まれてきたかわからない」


 妹に『愛の告白』をしやがった!!


 シスコンなのはわかってたけど、この人ここまでなの!?


 あたし思わず、握られた手を引いちゃったよ。

 だってキモ……驚いてしまって?


 ……いや。やっぱキモいわ。


 だって『お兄ちゃん』なんだよ!?

 あたしたち、兄と妹なの。


 とはいえあたしの最新作、兄弟もののBLなんだけどね!


じつの兄弟だってわかってるっ! でもボク、ずっとお兄ちゃんのことをっ』


 みたいな感じのやつ。


 あれ? もしかしてお兄ちゃん、あれ読んで感化されちゃったとか!?

 変な本読んで、トチ狂った?


「い、妹ではない……のでしたら? わ、わたくしとお兄さまは、あ、あの……」


 なんなのよっ!


 思った以上に動揺しているのか、言葉がうまくでてこない。

 でもあたし、に動揺しているの?


「血の繋がりでは、私はお前の従兄いとこだよ。ハーレットと同じだ。戸籍上では兄だが、血縁上の兄ではない」


「……ふぁい?」


 初耳……ですけど?


 え? まじで?

 いとこ? お兄ちゃんじゃないの!?


「私は、父上と母上の本当の息子ではないんだ。私の本当の父が誰かはわからない。だが本当の母は、母上の……お前を産んだ人の姉だよ」


 それが事実なら、お兄ちゃん……「伯母おばさん」の息子ってこと?


「この事実は、父上と母上と話しあって、時期が来るまでお前にはふせておこうと決めていたんだ。

 私が父上と母上の子どもになったとき、お前は母上のお腹の中だった。兄だが本当の兄でないというのは、幼いお前を混乱させてしまうかもしれなかったし、私も本当の家族が欲しかったからかな。

 私は父上と母上の息子……そして、お前の兄になりたかったんだ」


 お兄ちゃん、嘘をついているように見えない。

 きっと事実なんだ。


「なぜ、突然そのことを?」


 今まで隠してたのに、なんで?


「それは……私もだが、お前にも婚約の話がでてきたからだよ」


 はぁ?

 あっ、でもわたしも14歳だもんね。貴族の令嬢としては、婚約してても不思議じゃない年齢だ。


「そうイヤそうな顔をするな」


 イヤそうな顔をしてましたかね?

 してたのでしょうね。


「知らない人と結婚はイヤです」


「だろうな。お前ならそういうのはわかっていた。だが私なら、知らない人ではないだろう?」


 なぜ、そうなる?


 理屈はわかる。

 わかろうと努力してみよう。


 お兄ちゃんは、本当の兄じゃない。

 従兄なら、結婚はできる。

 前世でもできたよね?


 あたしはひとつため息をついて、というか深呼吸して、


「ずっと、お兄さまとよぶかもしれませんわよ?」


 自分でも信じられない言葉を吐いた。


 お兄ちゃんがも、あたしはあなたを「お兄さま」と呼ぶという意味。


 それはあたしが、


『あなたの妹でなくなってもいい』


 そういう意味だ。


かまわないよ。兄というのも間違いではない」


 真剣な顔のお兄ちゃん。


 ドキッとした。


 ゾワッとは、しなかった。


 視線がぶつかるお兄ちゃんに、あたしは無言でうなずきを返す。

 その意味は、ちゃんと通じたみたい。


「父上と母上に報告に行こう」


「わたくしたち、結婚するって……ですか?」


「まずは婚約だ。結婚はそれから」


 照れたように、嬉しそうにはにかむお兄ちゃん。

 あたしは初めて、お兄ちゃんを『かわいい』って思った。


 あれ? あたしがお兄ちゃんに対して引っかかってたのって、実の兄妹ってとこだけだったの?


 その障害さえなかったら、あたしは……。


 ソファーから立ち、あたしへと手を伸ばすお兄ちゃん。


 嬉しそうなお顔。

 この人ホントに、あたしが好きなんだな。


 前世での年齢を足したら、あたしはこの人より年上になる。

 だけどずっと、この人はあたしのお兄ちゃんだった。


「お父さまとお母さま、驚くでしょうね」


「どうだろうか。私の妻となるのはお前だと、母上はそう思っていたみたいだから」


 それは、まぁ……お兄ちゃんを見てればわかるか?

 お兄ちゃんって子どもの頃から、あたししか目に入ってなかったもんな。


 そんなの恋愛経験のない、前世がオタク女子だったあたしにも丸わかりだったし。


 お兄ちゃんの右手が、あたしの左手とつながる。

 突然『愛の告白』をされて手を握られたのは、ついさっきのことだ。


 あのときは気持ちわるいって感じたのに、なぜ?

 お兄ちゃんと手をつないで、こんなにドキドキするのは初めて。


 は、恥ずかしいな……お兄ちゃんの顔、ちゃんと見れない。

 だけど、『これ』はいっておかないと。


「お兄さま」


「なんだい?」


「わたくしお兄さまの婚約者になりましても、芸術的なお話を書くのはやめませんわよ?」


「それは構わないよ。むしろ止められると困る」


 困る?


「なぜですか?」


 キモくない? 婚約者がBL小説書いてるって。


「皇帝陛下が、お前の芸術的小説のファンだからだよ。あぁ、サインが欲しいともおっしゃっていた」


 それは初耳だ。だけどそれは、皇帝陛下の情操じょうそう教育きょういくに悪いんじゃないかな?

 昨年帝位につかれたばかりの陛下は、まだ12歳の女の子なんだから。


「それにコバシカワ外相がいしょうも、なんだったかな……お前のことをフジョシ? とかおっしゃっていたな。

 なかなか将来が有望な妹さんですね、ここにもフジョシがいるとは驚きです……とか。

 コバシカワ外相は博識はくしきかただ、フジョシというのがなにかは知らないが、きっと褒め言葉なのだろう」


 ちょ……ちょいまてえぇーッ!


 な、なに!? コバシカワ外務大臣、腐女子を理解してるの?

 じゃああたしと同じ、『日本からの転生者』なんじゃないの!? そういえば、コバシカワって日本人の名字っぽい。


「ね、ねぇお兄さま?」


「なんだい?」


「コバシカワ外相、わたくしのこと、他にはなにかおっしゃっておりませんでした……か?」


 お兄ちゃんは少し考えるそぶりを見せ、


「そういえば……その二人、実の兄弟ではありませんよ。最終章を読んでいないのですかと、お前に質問してくれといっていたな。なんのことかわかるか?」

 

 不思議そうに問いかけた。


[fin]

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転生オタ女とシスコン兄の求婚 小糸 こはく @koito_kohaku

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