転生オタ女とシスコン兄の求婚

小糸 こはく

転生オタ女とシスコン兄の求婚(上)

 異世界転生して14年。

 日本での暮らし、とくに白米がなつかしいとはいえ、『この世界』にもなれてきた。


 実際のところ、あたしはもう『この世界』の住人で、『元の世界』……令和の日本に帰って女子高生の続きができるわけではないっぽい。


 あたしを死なせたことを、


「ちょっとやらかしー。め・ん・ご♡」


 という軽い謝罪ですませようとした自称女神がいうには、そうらしい。


「もとに戻して! 生き返らせてっ」


 自称女神に要求したけど、


「あんたの身体からだ、ハンバーグになってこんがりだよ? たましいを戻してもいいけど、戻した瞬間即死だよ? そんでもい~い?」


「いいわけないでしょ!? なんでいいと思えるのよ!」


 そんな感じのやりとりがあって、結果的にあたしは『異世界転生』させてもらうことで納得してあげた。

 もちろん、「いまの記憶はもったまま」&「楽に暮らせる優雅な身分付き」を条件に加えてだけど。


 読んでたラノベのつづきやマンガのつづき、し声優が主演のアニメ。

 心残りはたくさんあったけど、ハンバーグになった身体に戻るわけにもいかないし、あたしだってオタク女子ですからね、異世界転生には興味ありましたよ。


 かといって、「ハンバーグにしてくれ」とは頼んでませんでしたけどねっ!


     ◇


 そんなわけで前世はオタク女子高生だったあたしだけど、今は異世界のデガル帝国という国で、伯爵令嬢としてお父さまがおさめる領地で暮らしています。


 お父さまというか、わが家は伯爵家の中でも上のほうっていうの?

 伯爵家なんだけど数代さかのぼると「皇帝家」につながるお家柄だから、領地は広いし帝都ていとにも近い場所に住んでいる。

 うちから帝都までは、片道、馬車で2日くらいかな。


 最近は『趣味』というか『仕事』というかで、帝都に行く用事も多くなってきたから、実家が帝都の近くでよかったよ。

 じゃなかったら、あたしだけ帝都にお引越しになってたかも。


 で、わが家の家族構成は、伯爵のお父さまと、かつては侯爵令嬢だったお母さま。

 それにあたしと、3歳年上のお兄さまの4人。


 お兄さま……というかお兄ちゃん?

 現在17歳の彼は、めっちゃ美形で優しいんだけど、かなり『シスコン気味ぎみ』だと思う。


 前世ではひとりっ子だったから『優しいお兄ちゃん』に憧れたものだけど、お兄ちゃんっていたらいたで面倒くさいかも。今ではそう思う。


 だから最近のあたしは、お兄ちゃんと距離を置くようにしてる。

 だってあの人、もう17歳だよ?

 前世の世界と違ってこの世界では、高位貴族のご令息ともなると17歳で婚約者がいるのは普通なの。


 でも高位貴族の令息のひとりであるお兄ちゃんには、まだ婚約者がいない。


(まさか、シスコンだからって理由じゃない……よね?)


 って、そんな心配しちゃうくらい、お兄ちゃんはあたしにべったり甘々あまあま

 見た目は長髪クール系美男子なんだけど、あたしが近くにいると、ところどころから「いもうとちゃん大ちゅき♡」って雰囲気がれちゃってるんだよね。


 具体的にいうと、パーティーとかでお兄ちゃん狙いの貴族のご令嬢がアプローチしてきても、あたしが近くにいるとお兄ちゃんは『あたし専属の執事』みたいに振るまうし、「妹以外の女の子は目に入りませんが、なにか?」みたいな態度があからさまなの。


 うん……困った兄だ。

 ホント、かっこいいんだよ? 見た目は。


 こういうの、前世のオタク用語だと『ザンネン美形』っていうんだろうな。


 自室にこもり、新作小説を執筆中のあたし。

 数日前に出版された最新作は、あたし的には挑戦作だったけど、評判はまずまずのようだ。

 昨日、


「続きのネタはございますか?」


 と、出版ギルドの担当が様子をうかがってきたし。


 はいはい、続きですね。

 今書いてますよっ♡


 筆の進みは速い。まぁ、書きたいものだったからね。

 午前中だけで今日予定していたノルマに達したけど、このまま書き進めていこう。

 今書いてるところ、ちょうどだし。


 だ・け・どっ!


「ルウネ、じゃまするよ」


 ルウネはあたしの愛称あいしょう。あたしの名前がルールネッタだから、親しい人は「ルウネ」って呼ぶの。

 あたしもこの愛称、かわいくて気に入っている。


『仕事中の部屋には、誰も入れないで』


 メイドのクラリスにはいってあるけど、ジャマしてきたのはお兄ちゃんだ。

 クラリスに、お兄ちゃんの侵入を防ぐことはできない。身分的にもだけど、彼女は『お兄ちゃん推し』だから。


 クラリスがお兄ちゃんを『好き』なのは間違いない。

 だけど、兄に熱い視線を向ける彼女をからかったあたしに、


「あっ、そういうんじゃないです。大丈夫です」


 と、マジ顔で返してくるタイプの『好き』みたいだけど。


 なんというか、「遠くから見ていたい。でも関わるのはご遠慮します」的なアレかな?

 あたしにもなんとなくわかるよ。推し活動の一種だよね、あの感覚。


 部屋に入ってきたお兄ちゃんに、


(なにしにきたの? 今いいとこなのにー)


 とは思ったけど、


「まぁ、お兄さま。なにかご用ですか?」


 言葉にしてはそういって微笑ほほえむあたし。

 だって伯爵令嬢だからね。今世をかけて、そういうロールプレイ中なの。


 お兄ちゃんからは見えないように、執筆中の原稿に白紙をのせる。

 兄とはいえ、というか兄だからこそ、今書いている文字列を見せるわけにはいかない。


 なにせあたしが書いているのは、誰が読んでも間違うことない『BLボーイズラヴ』なんだから!


 いや、まぁ……前世の知識を悪用して「盗作まがいのお話」を書いて同人誌的に出版してみたところ、そこそこヒットですよ。

 国立大学の教授からは、


「素晴らしいっ! とても芸術的な作品です」


 と太鼓判をいただき、今ではあたしの書いた小説はこの国で、新・芸術文学として認識され始めてる……らしい。


 ……えっと、普通のBLですよ?

 なんか、『好きだけどイジワルしちゃう系』の話が受けてるよ? この国。


 とはいえ、この世界にも腐女子ふじょしはいて、BLをたしなんでくれるみたい。

 そんなわけであたしは、


『異世界転生して前世の記憶でBL無双』


 の主人公なのです!


 うっわ……なにそれ、かっこわる。


 まっ、そんなあたしの現状はさておき、


「ルウネの新しい本、読んだよ。いつも通り素晴らしかった」


 ……はぁ? よ・ん・だ!?

 なにいってんだこの兄っ!


 あたしの新作って、自分的にも結構攻めたやつなんだけど!?


 なんというか、前世で好きだったマンガで推しキャラだった兄弟の、同人二次創作的なオタク女子の妄想をつめこんだ、めっちゃアレなお話なんですけど!


 確かに最近はあたしも有名になってきたから、新作を出したら家族バレするのは仕方ないけど、でも……お兄ちゃんあんなの読むの~。


 うっわぁ~っ! めっちゃハズいっ。


「そ、そうです……の? どうでしたか? サインほしいですか?」


 なにその返答。バカじゃん、あたし。


「そうだね、少しきも……独創的なお話だったね。ルウネの才能には、私の知識や感覚では追いつかないよ」


 お兄ちゃん絶対、「キモい」とか「気持ち悪い」っていいそうになったよね。

 うん、わかる。だったあたしも、


(ちょいやりすちゃったかな? てへぺろ♡)


 って思ってるもん。


「ど、独創的ではございません。芸術性が高いとおっしゃっていたただきたいですわ!」


 お兄ちゃん今、一瞬だけどめっちゃ困った顔したな。

 芸術性があるとは思わなかったんだろうな。

 もちろん、あたしも思ってないけど。


 だってあんなの、ただの『オタク女子のキモい妄想』だもん。

 オタク男子の妄想がキモいのと同じで、オタク女子の妄想もキモさでは負けてませんよ!


 ……はぁ。

 で、お兄ちゃん、


「お兄さまは、本の感想をいいにきたのですか?」


 なにしに来たの?


 あたし仕事中なんですけど?

 おっしゃる通り、ジャマです。


 ただ今執筆中の原稿では、兄弟キャラたちが裸で抱き合って、お互いの硬くなってるのをなでなでしてる場面なんですけど?

 お兄ちゃんがいたら、続き書けないでしょーが!

 さすがに恥ずかしいって!


(もう出てってよ! 集中して続き書きたいのーっ)


 あたしは、にっこりと愛らしい笑顔を兄に送ります。

 お兄ちゃんは、ちょいキモい感じのニヤけ顔でその笑顔を受け止めると、


「サインは欲しいけれど、それは今度でいいかな」


 サイン欲しいの? 妹の。


 あたしの机の前にあるソファーに腰を下ろすお兄ちゃん。

 となると、あたしも自分の机にってわけにはいかなくて、テーブルをはさんで彼と対面になるソファーにお尻を埋めました。


 そして向かい合ったあたしに、


「ハーレットが婚約したのを知ってるかい?」


 お兄ちゃんがつげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る