第5話
「…あぁ、本当にすいませんでした」
もう少し優しく許してくれるかと油断していた。そんな自分の甘さが恥ずかしさを増させる。そういう人なのだと思って忘れたい。
土手を登ろうとして、靴が滑る。付きかけた手は泥で汚れそうで、でも付かないと転ぶだろう。
だが、両手をついてしまえば土の冷たさと草の香りに落ち着く。また、自分の傷つきばかりを気にしている。
あの人の気持ちは?
なぜ、そんなに?
なぜ、いつもお店に来てた?
何をしていた?
何をしている?
なぜ、ここにいる?
様々な疑問が湧いてくる。
片手で勢いをつけ振り返ると、また声をかける。躊躇して勇気がなあなあに無くなる前に。
「覗き見しようとして、すいませんでした。いつも来られていて何をしているのか興味がありました。率直に尋ねればよかったと思います」
「もうかまわないよ」
こちらも見ずに言い放つ。
また、冷たい言葉だった。
だが自分なりの勇気で素直に謝れて気持ちが落ち着く。
一息つくと、夕日は赤々と広がり薄灰色の雲が伸びている。思わず気楽に声が出る。
「きれいですね。夕日を見てられたんですか?」
あの人は初めて気づいたように振り向いた。
「ああ、きれいですね」
一瞬、視線が合うがすぐに足元に落とす。
「どうかされたんですか?」
「落とし物をしてしまったが、もういいだろう」
そう言いながら力強く土手を上がって行く。宵の虫が寂しげな声をにぎやかにたてる。草を踏み分ける音の中「執着は不幸の元だ」と聞こえた気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます