10 婚約破棄から国外追放コンボ

 やっと体調が戻り、王城前広場での出店を再開することができるようになった。正直、この数日はしんどかったが、こうして再びキッチンカーを開けると気分も晴れる。夕方になって、ビアガーデンにやってきたのは、退勤後のクロードさんだ。従魔になったばかりの邪竜(中身人間)。


「きみが聖女……いや、『聖』なんだ」


 クロードさんが唐突にそう言い切った。いやいや、そんなことありえないでしょ。


「そんなわけ……じゃあ、一緒に召喚された女の子は?」


 僕が半ば冗談で返すと、クロードさんは真剣な顔で答える。


「王太子殿下が妻に娶りたいとかなんとかおっしゃっている。ユイカ・シノノメ、十七歳……彼女はきみの召喚に巻き込まれた一般人だというのに」


「はあ!? 十八歳未満と結婚は許されませんよ! 日本国の法律で」


 あの子、ユイカちゃんって言うのか。


「あいつを逮捕してニホンの牢屋にぶち込みたいのはやまやまなんだけどな。スイも被害者だろう?」


「いや、僕は大丈夫ですけど……」


 この従魔、王太子のことを「あいつ」呼ばわりしてる……。


「ところで、退勤後しか立ち寄れなくてすまんな」


 クロードさんがそう謝るけど、正直、もう少し手伝って欲しい。キッチンカーの営業って結構ハードなんだよ。


「せめて立ち寄るじゃなくて手伝うって言ってくださいよ!」


「それはできない」


 クロードさんが真面目くさった顔になる。「え、なんで?」と思って訊き返すと、彼は淡々とした声で理由を説明した。


「国家公務員だから副業禁止で……」


──コンプライアンス遵守か!! 真面目か!!


「売上に貢献してるんだからいいだろ?」


 いやいや、そんな高みの見物をしている従魔なんて聞いたことない。邪竜討伐クエストでも依頼するぞ。


「そういえば、毎日じゃなくてもお会計だけ見てくれるバイトさんがいれば、だいぶ僕も助かるなあ。従魔は役に立たないし」


「──候補者を捕まえてきたぞ」


 ちょっと目を離した隙にクロードさんが連れてきたのは、見るからに疲れ切った女の子。え、まさか本当に誰か連れてきたの?


「どうしました?」


 まずは女の子にお水を渡す。受け取った彼女はゴクゴクと勢いよく飲んで、深く息をついた。


「ぷはぁ……生き返りました。実は私、貴族令嬢だったのですが、婚約破棄されて国外追放されまして……」


 そんな壮絶な過去が! でも、ご令嬢がこんな状態で一人旅してたなんて……放っておけるはずがない。


「それは可哀想にお嬢さん。働き口ならこのお兄さんが全部用意してくれるそうだ」


 クロードさんがニヤッとしながら砂を吐くようなセリフで僕に全部丸投げする。おい! ……でも、彼女には助けが必要だ。まずは宿でしっかり休んでもらおう。


 ◇


 その後、宿屋「跳ねる角兎亭」でディナーを振る舞うことにした。


 ディナーは、少し贅沢にしておいた。今日のメニューは、自家製ハーブソーセージとジャガイモのロースト、鶏肉のハニーグレーズ焼き、それに季節野菜のバター炒めに、トマトとチーズのサラダだ。この世界にもジャガトマがあるってことに最初は驚いていたけど、今では慣れたもんだ。焼きたてパンにガーリックバターも添えて、デザートにはこの国の特産マンゴーのタルトを用意した。


「美味しい……本当に生き返りました」


 ご令嬢さんが満足そうに唇を弧にした。やっぱり、こういうときこそ美味しい料理が人を元気にしてくれるんだよね。


「そういえば、ここは宿屋なんですか? でも私、お金がないですから……」


 彼女が少し不安そうにうつむき、その声が少し不安そうに揺れたのを感じて、僕はすかさずクロードさんの方を振り向いた。にっこりと微笑んでから、軽い口調で言う。


「このが宿代を出してくれるって! だから心配しないで!」


 そう、食事代を奢らされた意趣返しだ。本当は僕が払うつもりだったんだけど、こういうのはバランスが大事だ。彼女が気にせず休めるようにしてあげたい。


「ね、優しいおじさん!」


 そう言って、僕は満面の笑みを浮かべ、クロードさんの両目を見つめながら念を押すように視線を送る。クロードさんの表情がピクッと引きつるのがはっきりと見えたけれど、僕は気にしない。


「払う。払うよ」


 渋々といった感じでクロードさんは苦笑しながら応じた。顔が整いすぎてて見た目は怖いけど、なんだかんだで優しいんだよな、この人。


「しばらく休養するといいよ。そうしたら手伝って欲しいことがあるんだ」


 彼女はちょっと驚いた顔をして、僕の話を聞いた。


「……なんですか?」


「野外でお酒を売る仕事なんだ。それの会計をやって欲しい」


「計算はできますのでお任せください!」


 彼女が目を輝かせて返事をするのを見ながら、僕もほっとした。少なくとも、彼女に居場所ができてよかった。彼女の過去はつらいものだったかもしれないけど、この場所から新しいスタートを切れるんじゃないだろうか。


──というわけで、バイトさんをゲットだぜ。


 次は、彼女のために少しでも早くシフトを組んで、働きやすい環境を整えてあげなきゃな。


 なんだか、クロードさんが僕の横で端正な顔立ちにまだ微笑みを浮かべたまま立っている。その笑顔が、完全に悪だくみをしているときのそれなんだけど?


「……そういえば、俺の酒代も払ってもらえるんだよな?」


「今の流れでそんな話になる!? 自分で払ってくださいよ!」


 これからの日々は、なんだか賑やかになりそうだ。

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