7 勘のいい王太子は嫌いだよ

 現在の【ビアガーデン】ステータスを確認しておこう。

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【ビアガーデンLv4】

[アルコール]

・ラガービール

・シャンディガフ

 

[ノンアルコール]

・飲料水

・炭酸水

・ジンジャーエール

・アップルジュース

・アップルジンジャー


[フード]

・グリルソーセージ


【次回LvUP条件:グリルソーセージ100本の売上を得る】

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 気づけばメニューはアルコールとノンアルコール、フードと三種類に分かれていた。まだまだ充実しているとは言えないが、ようやくビアガーデンらしいメニューに漕ぎ着けてきたと思う。


 「アップルジンジャー」が地味に増えているのは、1:1の割合でアップルジュースとジンジャーエールを合わせるだけだからだ。これも追加しておいた。


 商人ギルドには「スイ」という名で登録した。


 本来、一日限定の露店を開くだけであれば銀貨一枚で一番等級の低い「銅等級」の許可証を取得できるのだけれど、飲食業の場合は銀貨十枚かかる「銀等級」の許可証が必要だった。高級店になってくるとさらに「金等級」、「白金等級」とまであるらしいが、今のところ関係ないので、あとの説明は割愛。


 今日は新メニューのグリルソーセージを試食してもらう。試してもらうのは僕が一部屋をお借りして住まわせてもらっている「跳ねる角兎亭」のご夫妻、ログさんとアミナさん。ソーセージの調理は済ませ、準備万端である。


「ログさん、アミナさん、お疲れ様です。新メニューのグリルソーセージをぜひ試食していただきたいんです。」


 ご夫妻はにこやかに応じて、僕の方に歩み寄ってきた。お二人ともソーセージの香ばしい香りに惹かれたようで、わくわくとした表情を見せている。


「さあ、どうぞ」


 皿に盛り付けたグリルソーセージを差し出すと、ログさんは嬉々としてそれを手に取った。アミナさんも、食べやすく一口サイズに切り分けておいたソーセージに目を輝かせている。


「これはいい香りだねぇ。いただくわ」


 ログさんが一口頬張ると、口角が上がりきって、表情が何よりもの答えになっていた。


「うん、これはなかなかのものだ。スパイスの効き具合が絶妙で、肉の脂味と旨味がしっかりと感じられる」


「私も試してみるわね!」


 アミナさんもソーセージを口に運ぶと、なんだか嬉しそうに顔を綻ばせた。


「スパイスのバランスが良くて、マスタードやケチャップとの相性も抜群ね。ピクルスの酸味もアクセントになっていて、とても美味しいわ!」


 二人の反応に、内心でほっと一安心。新メニューが無事に受け入れられたようで、嬉しい気持ちでいっぱいだ。現地人であるお二人の評価が高いのは、やはり何よりの自信になる。ちなみにマスタード、ケチャップ、ピクルスは「マリン・スノー号」に備え付けられた食品庫から無限に出てくる。……質量保存の法則は? ビアサーバーから無限にビールが出てくる時点でおかしいのだけれど。


「ありがとうございます! そう言っていただけると、本当に安心します」


 こうしてグリルソーセージも無事メニューに加わり、さらにビアガーデンの魅力がマシマシになったと思う。次のレベルアップ条件として、ソーセージ百本売上だ。


 ところでこの前、中央公園で商いをしていたときに、偶然ながら王都セリスを警備する騎士団員のデレクさんという方からラガーを買ってもらった。そのときに、「許可するから王城前広場に出張販売してくれない?」と頼まれたのである。


「王城前広場に出店かあ……緊張するなあ……」


 一度だけ王城を目にしたからだけれど、王城前広場の雰囲気は公園とは桁違いに格式がある。広場を取り囲むのは立派な建物ばかりで、きっとエリュシオ王国の偉い人たちが集っているに違いない。そんな場所に僕の小さなビアガーデンが出店するなんて、想像するだけで身震いする。


 でも、せっかくの依頼だ。お客様のリクエストに応えるのは務めだろう。気持ちを引き締めよう。


 ******


「はあ!? せっかく二人召喚したのに、一人は役立たずだからと放逐したですって!?」


 エリュシオ王国騎士団長クロードは目を剥いた。


「私が判断したことだ。一体何が悪いんだ! おまえには関係ないだろう!」


 対するのは王太子ライナスだ。


「関係大アリですよ! もしその謎の能力を持った人物が悪意ある人間だったら、民に被害が出るんですよ! 結局、厄介ごとの後処理が騎士団の仕事になるじゃないですか!」


 クロードの言葉からは若干、仕事が増えて面倒くさいという気持ちが漏れている。

 

「そもそも聖女でもない男だ。その男の能力も長ったらしい名前でなんだったか。とにかく聞いたこともない能力だ」


 このバカ王太子め、と怒鳴りつけたくなるのをグッと堪えてクロードは反論する。


「聞いたこともない能力だからこそ、詳細に調べる必要があるんでしょうが!」


 すると、周りにいる召喚に携わっていた魔導士たちが自分たちは知らぬとばかりにクロードから視線を背けた。それどころか、召喚したこと自体が偉業なのだと言わんばかりの態度だ。


「だったら、おまえがその放逐した男の行方を追え。それで満足だろう?」


「──はああ!?」


「そんなことはどうでもいい。【水の聖女】様だ。彼女は実に麗しい。召喚されたときも全身に水の加護をまとわれていた」


 王太子ライナスは知らない。実は召喚された【水の聖女】東雲シノノメユイが帰宅途中ゲリラ豪雨に見舞われ、彼女がたまたまその日、傘を忘れてしまい、ずぶ濡れの状態で召喚されてしまったことを。


「ハァ……わかりました。そのもう一人の男性を探すために単独任務をくださいませんか。しばらく騎士団長としての職務はなしで」


「クロード、おまえは仕事をサボりたいだけだろう」


 こういうときだけ勘のいい王太子め、とクロードは内心で舌打ちをする。


「その男性の身体的特徴は?」


 クロードは射抜くような眼光でライナスをめつけた。


「変な服装をした黒髪黒目の男だ。あとは覚えてすらもいない。一応、生活費は出してやったから、飢え死にはしとらんだろう。……連れ戻したところでなんの役にも立たないのに、どうするつもりだ?」


「ああ、その男性が危険人物で、俺は戦わなくてはならないかもしれない。そうしたら俺のための墓穴くらいは掘ってくださいね?」


 ありったけの嫌味を吐き出してから、クロードは王太子ライナスの執務室を退出した。

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