第7話 本当はできないナナとリン

「お疲れ様です」

ナナが家を出る時からは想像できない整った笑顔で同僚に挨拶する。

同僚たちも仕事を完璧にこなしてくれるナナを信頼しており、ナナが少し早めに退社する日もにこやかな表情で見送っていた。

そのナナの笑顔の裏には、ネコたちの絶え間ない努力の数々があるのだが…。


「あ、湯島さん。ちょっと……」

部長から声がかかる。

「帰るついでに、隣の部署に届け物をして欲しいんだ」

部長はそう言うと、同じ階ある別部署の名前が印字された封筒をナナに手渡した。

定時より前に退勤させてもらったし、とナナはその封筒を受け取った。

お腹が鳴りそうなのを必死で堪えながら。

(帰ったら、コットンのご飯をつまみ食いさせてもらおうっと)

そんなことを考えつつ、ナナはご機嫌な足取りで廊下へ通じるドアを開けた。

「行ってきまーす」

(今日の晩ごはん、何かなぁ!)


「湯島ちゃんに持って行ってもらったんですか?」

「俺もナナちゃんと行きたかったー」

ナナと同年代の女子・瀬名とイケメンだが女性にだらしない矢田が部長席に集まる。

「誰が持って行ってもよかったのですが、湯島さんはうちのアイドルなので。それに……」

部長の藤塚は、何やら企むような表情で笑った。

「彼女はこの会社をきっと変えてくれます」

瀬名が一回り年下上の藤塚の横顔を見つめ、やれやれと困った笑顔を浮かべる。

「部長って、人がいいんだか悪いんだか」


「む、無理だよお」

会社の裏の小さな庭でリンの声がこだました。

その視線の先には、建物の壁によじ登りリンの方を見下ろすあずきの姿。


遅刻しそうなナナに慌てて会議の資料を持たせ送り出した5匹のネコたちだったが、コットンが朝5時に起きて作った渾身のお弁当を荷物に入れるのを忘れてしまった。

困ったことにナナはご飯を抜くということができない。

空腹が限界になると、普段のできないナナに戻ってしまうのだ。

会社では常にネコをかぶり、できる社員を演じているナナだ。そんな彼女が豹変した姿を、他の人間に見せるわけにはいかなかった。


「ナナのことだから、空腹に耐えかねて早退でもするんだろうけど……。一刻も早く何か食べた方がいいだろうからね。念のため、お弁当を届けるよ!リン!」

家事に忙しい他のネコを見かねて、あずきはリンに一緒にお弁当を届ける役目を命じた。

そして今。


玄関のオートロックが閉まっているからと、壁をよじ登り始めたあずきをリンは涙目で見上げている。あずきがいるのは、ビル1階の窓部分。

ナナが働いている6階まで、あと5階。

「リンだってやればできるよ。ネコは高いところが得意だろ」

「高いにもほどがあるううう」

怯えるリンを尻目に、背中に弁当を背負ったあずきはさらに上を目指して登っていった。

一人取り残されたリンは、迷っていた。

(目的は弁当を届けることだ。ボクはここで待ってても問題ない。じゃあどうして、あずきはボクをここに連れてきたの?)

ナナの代わりに、家事や仕事をこなしている他のネコたちのことを思う。そして、仏壇に向かい夜な夜な一人で泣いているナナの姿を思った。

(天国にいるパパさんたちに約束したからだ。みんなでナナちゃんを守るって)

リンは決意し、立ちはだかる大きなビルの壁にツメを立てた。

(ボクも、できるネコになる!)




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ナナと5匹のできるネコ 木端みの @kihashimino

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