第3話 トップ オブ オーガ

(パカラッ パカラッ 馬で駆ける軽快な音)


 国内随一の緑深き聖域、キルーシュの森。


 俺は今、この森の奥深くに住む元聖女、レフィアに会いにやって来た。


(ドウドウと馬を宥め降り立つ音)


 今日は静かだな。


 ほっと胸をなでおろす。


 レフィアは大聖女候補になれるほどの魔力を持ちながら、やることなすことが意外性に満ちている。

 つまり、端的に言えば……ある種の危険人物なのだ。


(キイっと扉を開けながら)


「レフィア、いるのか?」


(扉が自然と閉まる音)


「な、オ、オーガ!?」


 俺は咄嗟に聖剣エーデルヴァイスを抜き放った。

(シュルリと剣を出す音)


 何故ここにオーガが?

 レフィアは無事か?


 素早く見回すも姿は無い。


 くっ……


 レフィアを一人にしたことを心の底から悔やんだ。


 どうか、無事でいてくれ!


(奥の部屋の扉が開く音)


「ここにいま〜す」

「えっ、レフィア、出てくるな!」


 俺の叫びも虚しく、奥の部屋からニコニコ顔のレフィアが現れ出た。


「危ない。オーガがいるんだっ。戻れ!」


(駆け寄りオーガとの間に立つ)


「今こいつを、倒すから奥の部屋で待っていろ」


「え〜、大丈夫ですよ」

「何を呑気な事を」

「それより、剣をしまってください。まったく、討伐隊長様は直ぐに武力に頼るんだからぁ」

「馬鹿な事を言ってないで、さっさと行けっ」


 この頭のネジが緩んだ元聖女は、大丈夫なんて甘いことを言っているが、オーガと言えば凶暴で凶悪。人の肉を喰らい、その牙には麻痺の毒もある危険な魔物だ。討伐隊の熟練者でも手こずるくらい強いんだぞ。


「ほらぁ、その剣を仕舞ってくださいっ」

「無理に決まっているだろう」

「今、交渉中なんですから」

「はあぁぁぁ?」


「だから、オーガさんとお話中なんです」

「なんの? え、どうやって?」

「心の声でっ(可愛らしく)」


「心で魔物と話せるのか?」

「はいっ。それで、オーガさんの牙を売ってくれないかって商談中なんですよ」

「なにぃぃぃ」


「アルベルト様、ちゃんと見て下さい。オーガさん、テーブルについてニコニコしてるでしょ。危険な事は何もありませんよ」


 た、確かに……


 先ほどから椅子に座って動いていない。ニコニコしてるなんて言えるような風貌では無いが、襲いかかってくる気配は……無い。


「一体どう言う事だ。レフィア、ちゃんと説明してくれ。そもそも、強力な結界を張ってある我がエリストール公爵家領内にオーガが侵入出来たこと事態が、由々しき問題なんだ」

「ご招待したんです」

「はいぃぃ!? どうやって」


「それは……」

「どうした」

「ぜ〜ったい怒らないって約束してくれますか?」

「それは事と次第によるな」

「……じゃあ、言わないっ」

「なっ、それは怒られるような事をしたってことだな」

「だって……」


 小さく口をすぼめてプイッっと向こうを向いたレフィア。


 か、可愛い!

 じゃ無くて、ちゃんと事情を聞き出さねば不味いな。


「分かった。絶対に怒らないから、ちゃんと話してくれ」

「ほんとですかぁ」

「ああ」

「約束してください」

「約束する」

「(いきなり指を絡めて)指切りげんまん、嘘ついたら……う~んと、菜園の草むしりさーせるっ。指切った」


「ぷはっ」

「何か可笑しかったですか?」

「いや、別に」


 雑草取りって、随分軽い罰ゲームだな。


「よし、言ってくれ」

「……転移魔法でオーガ洞窟までちょーっとお散歩を」

「転移魔法だって! 決まったルートか事前申請しなければ罰則が科せられる特級魔法の一つを無断で使ったと言う事か」

「だって、オーガ洞窟まで〜なんて言ったら許可が降りないじゃないですか」

「当たり前だっ。危険過ぎる!」


「うわぁ~ん、やっぱり怒ってる」

「いや、怒って無いから。でも、よく監視者の目を掻い潜れたな」

「それはシェネガマントを羽織って」

「シェネガマントとは!?」

「あ、えーっと、まあ、バレないように工夫したので、エリストール公爵家がお咎めを受けるような事は絶対ありませんので安心してください」


 こいつ、話をそらしたなっ。

 まあ、この件は後回しだ。


「で、オーガに商談を持ちかけたと。だが、普通なら襲われて食べられてしまうのに、どうやってテーブルに付かせたんだ?」


「最初にちょこっとだけ魅了の魔法を使って」

「み、魅了の魔法……そんな物を魔物に使って、何かあったらどうするつもりだっ!? それこそ襲われてあんな事やこんな事を」

「大丈夫でしたよぉ。それに、必要無かったし」


「それはどう言う意味だ。オーガが友好的だったのか」

「はい。お子さんの命の恩人って歓迎されましたっ」


 そうだった―――

 落ちこぼれレフィアが破門された直接的理由は、戦場でオーガの子どもを治療したからだった。

 それが背信行為と看做され破門。


 俺がラボの提案をしなければ……彼女は国外追放だったかもしれない。


 その行為が、巡り巡ってオーガとの対話を可能にしたと言う事は、国の安全に貢献したと言えるだろう。


 でも……この、馬鹿っ。

 無鉄砲にもほどがある。後でお灸を据えなければ。


「ちゃんと話せば、オーガさん達凄く優しいんですよ。真面目で律儀で」

「なるほど。状況は分かった。それで、なんの商談中なんだい?」


「やっぱり、アルベルト様は話がわかる方で良かったぁ」

「おう、まあな」


「肉食の彼らは数年に一回、牙が抜け替わるんだそうです。そこには人間にとっての麻痺毒が染み込んでいるんですけれど、これをすり潰して聖女魔法の調薬の魔法を加えれば、よく聞く痛み止め軟膏になると思うんですよ。それを魔法の使えない人達に安価に提供できたらいいなって」


「オーガの牙……」


「彼らが人間を襲うのは食糧不足だからです。彼らが住んでいる暗い洞窟周辺には生物が少ないので、森へ来て狩りをしていたそうなんですが、最近私達人間が魔獣や魔物討伐をしているので、獲物が減ってしまったと、そう仰っていました」


「なんだと! 我々の魔物討伐が原因だと言うのか」

「はい。だったら闘うじゃ無くて、商談にすればいいなぁって。オーガさんは牙を売ってお金を稼いで、我々が生産している食料を買ってもらえば、いらないものの有効活用にもなるし、生産者は売上が伸びるし、痛み止めのお薬も安く手に入るし。一石三鳥です」


「た、確かに一つの手ではあるが、それを全オーガが納得するわけ無いし、我々も色々根回しが必要……」


「大丈夫ですよ~」

「何がどう大丈夫だって言うんだ」

「この方は、トップ オブ オーガ! つまりオーガ王国の王様なんです。私が助けた子、王子様だったんですっ。運命を感じませんか」


 う、運命だとっ!

 ダメだっ!

 レフィアの赤い糸は俺と繋がっているはず。どんな邪魔も排除せねば。


「そ、それは良かったが、こちらのコンセンサスはこれから色々と」

「何肝っ玉の小さいことをごちゃごちゃ言ってるんですか!」

「きもっ……玉が……小さい……」


 うっ、レッドドラゴンを前に一歩も引かない俺のことを小さいだとぉー


「私はこれから聖女魔法の宣誓の魔法において、彼らと『対等なる意思疎通の契約』を結ぶつもりです。だから、証人になってください。次期エリストール公爵であり、魔物討伐隊長のアルベルト様が認めてくだされば、より強固な契約になりますから」



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