第32話 尽きることのない探究心と深まる欲

 現実世界で目を覚ました瞬間、部屋の中で突如として爆発音が鳴り響いた。


 気がつけば俺はベッドにはおらず床に尻餅をついていた。


 背中を優しく支えられている感触が伝わった。


「………アリシア?」


 俺の左真横で警戒心をむき出しにして、正面にいる人物を睨みつけている。


 右にはオルンさんがいた。


「いやー危なかったね少年。あまり夢の中で長い時間いるものではないよ」


 落ち着いた口調でそんなことを言う彼女だが、足元を見れば裸足の状態で髪の毛も少し乱れている。


 何より男装をしていないため、屈んだオルンさんのシャツの中には、暗闇でシルエットしか見えないが確かな二つのものがある。


 隣の部屋から急いで来たのかな。


「…………魔法が、消滅した……あなたいったい、何をしたのですか」


 自らの両手を眺めてからオルンさんを見て問うた。


 月明かりに照らされて見える顔は、武器屋で見覚えのあるスカーレットという少女だ。


 確かヨンダルク家の公爵令嬢………あの時とは雰囲気がまるで異なっている。


「きみこそ、夢の世界で少年に何をしたんだ。卑猥なことはしてないだろうな?私だけの特権に手を出されては困る」


「オンカ、それはいったいどういう……───」


 アリシアが恐ろしい表情でオルンさんの方を振り向いた。


「あっ………いや、今は目の前のことに集中しましょう。………あとでお話します」


 テラスに繋がる窓は無惨にも破壊され、夜の風が部屋の中に流れてくる。


 アリシアとオルンさんが目の前にいるのにもかかわらず、スカーレットは身を構えることもせずこちらに目を向けている。


「……申し訳ございません、あなたとはお会いしたことがない故に……よろしければお名前をお聞きしてもよろしいですか?摩訶不思議なその力、是非とも知り得たいです」


 オルンさんへ手のひらを差し向け、それはそれは丁寧に質問した。


「黙れスカーレット。今ここで貴様の戯れを許すほど私の気は長くない。アキトに何をしたのか全て話せ」


 彼女の質問を横から切り捨てた。


「それは答えてもらえないという前提で私に仰っているのでしょう?わざわざ記憶を消したのにはそれなりの意味があると分かりませんか、アリシア様」


「……憎たらしい女め。私が気付けない極小の魔力でアキトを引き入れたことも、私と戦う意思がないのも」


「アキト様には魔法抵抗力が皆無ですので、最小限で十分でした。………ただそこの女性に気づかれてしまいました」


 それはオルンさんのことだ。


 今のオルンさんからは穏やかな雰囲気しか感じられず、スカーレットに対しての敵意は感じられない。


 アリシアに至ってはずっと殺気のような恐ろしい雰囲気を漂わせている。


 それほど憎たらしい相手なんだな。


「…………すみません、やはりあなたのお名前だけでもお聞かせ願えますか?」


「私は構わない。オルンだ」


「そうですか、オルン様………あなたから感じるこの異質なオーラは何なのでしょうか。あなたを女性と認識した途端に禍々しい気配が流れてくるのを感じました」


 表情こそ一切変わることなく淡々としたものだが、ここでスカーレットがオルンさんに対して僅かながら警戒心を露わにしたように見えた。


「気にしないでもらって構わない。単なる呪いだ」


「………それは興味深い、呪い……ですか。呪術の類いは存外魔法と関わりが深いとされています。呪力の根幹は魔力であり、そこに倣い呪術は魔法の中の一部なのです。………要は、呪術に対抗するならば相応の魔法ということです。私も、当然アリシア様も、魔法抵抗力は常人の並を悠に超えていますが、アキト様は抵抗力がゼロと言っても過言ではない。なぜその距離にいながら、彼女の禍々しい呪いに耐えられるのですか────……」


 文末まで終了するよりも僅かに速く、アリシアから魔法が放たれた。


 真夜中を大いに照らす深紅の炎がスカーレット目掛けて噴出した。


 ここが一応は室内であるということを気にもしない大きさの炎がテラスを豪快に突き破った。


「いつにも増して威力が抑えられているではありませんか、アリシア様。いったいどうされたのですか?」


 煽っているようで煽っていない、わりと本気っぽい心配した顔でそう言ったスカーレット。


 あの巨大な炎を真正面に食らっておきながら、立ち位置を一ミリも変えることなく平然とその場にいた。


 当たっていないことはない、ただ何かをしてダメージを消したのか。


「貴様に全力で魔法を撃ったところで無意味だ。とっととここから立ち去れ」


「そんなことを言わずに………と言いたいところですが、私の油断の隙をついて撃たれたら危ういので、言いつけ通り退散させていただきます」


「私を殺したくば、堂々とこの私を貴様の世界へ引き入れればいいだろう」


「どうせ強引にでも破壊して出られるのでしょう、それこそ無意味な行いです。それに、私はあなたを殺したいとは思っていません。もちろんアキト様も、そして……オルン様も。ここにいる全員が、私にとってはかけがえのないものですので」


 アリシア、オルンさんと来て、最後に俺の方をまじまじと見つめたスカーレットは、一言「それでは」と言ってその場から消えていなくなった。

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