第31話 夢世界
ヨンダルクとの決戦を目前に控えた夜中、寝室で寝ている俺の身体に突如として異変が生じた。
目が覚めたかのように脳が覚醒をし、なぜか武器屋の中に立っている。
寝ていたというのに気がつけば全く異なる環境にいる、この現象は間違いなく夢を見ている。
だが夢を見ているという認識を抱いていることが最大の疑問だ。
「───ご機嫌よう、アキト様」
背後からそんな声が聞こえて振り返ると、黒いローブを身に纏った少女がそこにいた。
フードが影を作り、人物の顔を見ることはできないが、その優雅な声には聞き覚えがある。
思えば、この武器屋の今と全く同じ場所で会った。
「………スカーレットさん、ですよね」
「覚えていてくださったのですね、嬉しいです」
優しく微笑んでいる表情が想像できた。
しかし以前会った時はこんな黒ローブではなかった。
夢なのだとしたら、その時の記憶を元に作られるのではないだろうか。
「夢の世界へようこそ、アキト様。これなら以前のように邪魔をされる心配はないです。気兼ねなく、じっくりとお話ができますね」
───寝室で寝ているアキトの身体に目を向けるのはスカーレット・ヨンダルク
紫黒の瞳が見せる幻惑にも似た夢世界には、何人たりとも入り込むことはできない。
魔法による干渉が不可能とされている世にも珍しい魔法だ。
彼女は頭に被せられたフードをとり、顔を見せた。
「とは言っても、以前のような交渉をする気で来たわけではありません」
「……じゃあ俺を殺しにきた、とかですか?」
警戒しながら彼女の目を見つめる。
紫にも黒にも似たその瞳は、闇夜そのものだ。
「いいえ、そのような物騒なことをする気もありません。その気ならば寝ているアキト様の頭を静かに刺せばいいだけですからね」
露骨に含みのある言い方をした。
「あなたがその気なのでしたら、今すぐにでも殺して差し上げることも容易です。私の目と鼻の先に、アキト様のお顔がありますから」
「………っ!」
彼女から向けられる舐め回すような視線が全身を震わせた。
「実に可愛らしい容姿をしていると思いますよ。守ってあげたくなる、そばに置いておきたくなるという独占欲もそうですが、やはり一番は物欲しさでしょうか。あの日、一目あなたを見た時から物欲に駆られ、我慢できずにこうして会いに来たのです」
一時も俺から目を離すことなく喋り続ける彼女に、少しの恐怖感を覚える。
「───もし、今すぐにあなたを殺したら、ここに存在している魂はどうなると思いますか。肉体が死んだから魂も死んで消える?………アキト様の魂は今、肉体とは完全に隔離されたものになっています。肉体が死滅してしまえば魂はこの世界に取り残され外に出ることは叶いません」
「……一生ここにいることになると」
「その通りです」
だが彼女は先ほど、俺を殺すことはしないと言っていた。
すぐ目の前で命を握られているのなら、この場では彼女に従うしか方法はない。
俺を脅すように話したのは、彼女自身も俺に従って欲しいからに他ならない。
「あなた方が明日にヨンダルク家を襲いに来るということは知っています。そしてアキト様は屋敷で待機しているということも知っています」
平然とした流れでそう言ったスカーレットに対して、俺は警戒心を上限まで引き上げた。
「なんでお前がそんなことを知っているんだ?」
「嫌ですね、そんな怖い目を向けないでください。ビックリして濡れてしまいます。ただちょっとしたネズミさんを仕込んだだけのことです。全てが筒抜けというわけではありませんが、大体のことは把握していますよ」
それはつまりヨンダルクのスパイがこの屋敷のどこかに潜んでいるということを表している。
明日、アリシアたちが始める前に知らせなければいけない。
「目が覚めてから彼女たちに知らせよう、と思っていらっしゃるのでしょうが、それは無理です。今この場でアキト様を攫うようなことはしませんし、完全体で夢から覚ましてあげます。……ですが、記憶を全て留めたまま目覚めさせるわけにはいきません」
こちらへ近づき、紫黒の瞳を真っ直ぐに向けてくる。
「私と会ったことは、隠しても意味がないからいいですが、話した内容は一応全て消させていただきます。動じることのないアキト様の彼女への信頼が、私は堪らなく欲しいです。是非とも私のものにしたい。さぞ心地良いのでしょう」
まるで金縛りにあったように動かない俺の身体を、スカーレットは両手で顔に触れ笑みを浮かべた。
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