第30話 強制作戦離脱を言い渡される副団長

 翌朝になり、アリシアとオルンさんに連れられてやってきたのは、公爵邸の広大な土地の一角にある巨大な修練場だ。


 そこに多くの人が整列をして待っていた。


 全員が身体に鎧を纏い、腰には剣を携えている。


「これがファラディオの騎士団だ」


「……すごい数ですね。いったい何人いるんですか?」


「さぁな、私も詳しくは知らない」


 知らないのかよっ、と思わず突っ込みそうになるが、彼女は騎士団に所属しているわけではないらしい。


 俺はてっきり、鎧をつけているから騎士とかなのかなと思っていたが、本人曰く、自分にそのような肩書きは存在しないのだと言う。


 俺が一目見たかぎりでは、およそ100人は超えているであろう人数だ。


 そしてその数の騎士がこうしてズレる事なく綺麗に整列しているのは、目の前にファラディオ公爵令嬢であるアリシアがいるからだ。


 全員が、アリシアの目を見て指示を待っている。


「………貴様ら、なぜ整列している」


 だがアリシアの顔は、心底不愉快といった最悪の表情をしていた。


 その反応に、騎士たちは困惑した様子でいる。


「有象無象の雑魚に用はない。ガミはどこだ」


 名前を呼ばれた騎士が即座にアリシアの前へ姿を現し、それ以外の騎士全員はアリシアによって払い除けられた。


 あっ、女性の騎士なんだ。


「シャラン、きみもこっちに来てくれ」


 オルンさんが追加でもう一人の騎士を呼んだ。


 それもまた女の人だ。


「──アリシア様、これはどういうことですか」


 アリシアの元へ一人の騎士が近寄ってきた。


 ガタイのいい男で、年齢は割といってそうな見た目をしている。


「どうもこうもない。私はお前たちに集まれといった覚えはない。ここに来ると伝えてすらいないんだ。なぜ私たちが来ると分かった?」


「昨夜、ハルマン様が自らの足で私のところへ来たのです」


「父上が………?」


 ピクリと身体を震わせて男の方を睨みつけた。


「今回の件、当主ハルマン様は手を加えない意向のようです。……ヨンダルク公爵と正面から事を構えるつもりなのでしょう?」


 アリシアを前にして、一切怯むことなくむしろ正面から堂々と彼女の目を睨み返しているようにすら見える。


「………はっ、そういうことか」


 全てを理解したかのような表情で笑みを浮かべるアリシアに、男は一言こう放った。


「大将は、この私に任せてくれないでしょうか」


 平然とした表情で言ってはいるが、大将というのはつまり、ヨンダルク公爵家の当主のことを言っている。


「構わん、好きにしろ。どのみち今の私ではガルバ・ヨンダルクに勝てない」


「……ありがとうございます」


 そう言って頭を下げると去って行った。


 アリシアが呼んだガミという女騎士と、同じく女騎士のオルンさんが呼んだシャランを入れて五人がこの場にいる。


「ガミ、貴様は単騎でヨンダルクに乗りこんで雑魚どもの処理をしろ」


「……───承知しました」


 端的に言い放ったアリシアの言葉に対して、躊躇うことなく頷いた。


 単騎でって……てっきり騎士団を引き連れて戦うとばかり思っていた。


「オルン様、私は何をすればいいのですか?」


 シャランと呼ばれた騎士がオルンさんにそう聞いた。


「きみは今回、攻めではなく守りの方だよ。ここにいる、アキトくんを守って欲しいんだ」


「それは何よりです。争いごとはあまり引き受けたくないので」


 おっとりとした物言いと、自ら平和主義を掲げる優しそうな年上のお姉さんという印象だ。


「そういうことだ、少年。私たちがヨンダルクへ乗り込んでいる間はシャランがキミを守ってくれるから安心するといい」


「オルン様、この少年は命でも狙われているのですか?」


「向こう側はおそらくもう少年のことは気にかけてすらいないと思うんだが、これは単なる勘というやつだ。さまざまな事件に巻き込まれる体質だ、もしかしたら何か起きるかもしれない。その時はきみが少年を守ってやってくれ」


 人を勝手に不幸体質の持ち主みたく言わないでほしい。


 人攫い事件は紛うことなくあなたのせいで起きたことですよ。


「少年の命はこの私にかかっているというわけですね。分かりました、オルン様の勘でしたら信じましょう。何か起きるのですね」


「あぁ、きっと何か起きる」


「………なんで確信に変わってるんですか」


 なぜだろう、この二人が合わさると危機感が四倍にも増しているような気がする。


 シャランさんは少しだけオルンさんと似ている部分があるのかもしれない。


「なんか不安になってきたんですけど……本当に大丈夫なんですか」


 何か起きるかもしれないことと、平和主義の人に守られるという安心感の無さが露呈している。


「お姉さんにまっかせなさいっ。私の命の次に守ってみせるよ」


「それじゃあ俺死んでますね……」


「大丈夫だ少年、シャランはこう見えても強いから。私としてはキミを想っての最適任者を選んだんだ」


「………そ、それなら、まぁ……」


 そういうことなら俺はオルンさんが選抜したシャランさんを信じるしかない。


 万が一にも何かあった場合のためだからな、命を狙われると確定したわけではないのだ。


 今からそう慌てていても仕方がない。


「さっ、アキトくんは私と屋敷に戻ってましょうね〜」


 無理くり背中を押されるがままにこの場を後にすることになった。


「えっ、ちょ……今から守る必要あるんですか……?まだ少し先のことじゃないですか」


「えっ………もうこれからヨンダルク公爵邸に乗り込むんじゃないの?」


 屋敷までの道のりで二人して歩む足を止めて、いき違う互いの認識に疑問を浮かべる。


「オルンさんは三日後あたりに始めるって言ってましたよ。事実、今日はオルンさんが俺のことを近くで守ってくれるという予定ですし……」


 自分で言ってて『守ってくれる予定』というのは可笑しなものだが。


「えっ……私何も聞かされてない。副団長なのに何も知らない……」


「………そうなんですか。副団長なのに……それは難儀ですね」


 この人副団長だったんだ。

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