第29話 何はともあれ発展せず
アリシアの有無を言わせない強引さに負けて、一つのベッドに二人で寝ることになった。
ダブルベッドを超えるほどの巨大なベッドであるため、狭いだとかの問題は一切ない。
ただ、ベッドにはアリシアの匂いがついており、もちろんアリシア本人からは風呂上がりの香りがまだ漂っている。
「電気を消すが、いいか?」
「あっ、う、うん……」
ベッドに横になって目を閉じてみると、尚更自分の心臓の鼓動がうるさく感じる。
暗闇でアリシアと背中合わせになって同じベッドの中にいるこの状況で、煩悩を消し殺して寝られるはずがないのだ。
アリシアに上から被せられた掛け布団からも当然のように彼女の甘い香りが染み付いている。
ていうか横になっている俺に無言で布団をかけてあげるとかイケメンか。
必死に目を閉じて就寝しようと試みるが、その試行が成功する未来が見えない。
「──今日はその、すまなかったな」
背後からそんな声が聞こえてきた。
「つい私らしくない事を言ってしまった。ふ……普段は、あんな下品な女ではないからなっ!」
あー……風呂を誘ってくれた時のことを言っているのか。
「でも、誘ってくれて俺は嬉しかったよ」
最終的に断るという大馬鹿なことをしてしまったが、あの状況でアリシアのことを下品だとは思わない。
単純な親切からの発言だったと分かるし、たとえアリシアにその気があってのお誘いだったのならそれはそれで………っ、とにかく悪いのは全て断った俺なのだ。
「……………そ、そうか」
とても小さい声でそう返事した。
このピュアで可愛らしいアリシアは、オルンさんが下品な思考ばかり持ち合わせていることを知っているのだろうか。
俺の予想では、それはNOだ。
アリシアの前では真面目な顔で振る舞っているが、あれはあれで嘘偽りがあるわけではない素の顔なのだろう。
「……アキトは下品な女をどう思う」
「え?……───え?」
突然の質問に、思わず後ろを振り向こうとしてしまった。
自分を下品な女ではないと言ったそばからその質問は、いったいどういう意図があるというのか。
「あっ……け、決して深い意味はないからなっ!?ぁあああアキトが、どう……思っているのかを、だな………知りたいだけだ」
「な、なるほど………?」
至近距離の背中越しにデレられる破壊力には凄まじいものがある。
表情を一切見ることができないため、脳内で今のアリシアのデレてから照れる顔を想像しているが、それだけでも俺の果てなるアリシア可愛さゲージはMAX寸前のところまで来ている。
真っ暗闇に同じベッドの同じ布団の中にいるこの状況で無意識にデレるとか、俺を二日は寝させない気じゃないだろうか。
今夜は然り、翌夜にまた目を閉じれば今夜のことを思い出して寝れずに朝を迎える。
布団がモゾモゾと動き、ベッドが僅かな音を立てて揺れている。
「お、おい……どうなんだアキト」
「………あっ、ごめん!俺がどう思っているかだったよね」
俺が応えずにいたからアリシアに落ち着きがなかったのか。
下品な女の人をどう思うか……か。
いったいなんて答えることが彼女にとっての正解なのか、まるで見当がつかない。
下品な女の人が苦手と言ったら、きっとアリシアは二度とお風呂のお誘いなんてしてくれないだろう。
逆に好みだと言ったら、それはそれで俺の人としての尊厳が崩壊するとともに、そういう人間だと認識されてしまう。
「下品な女の人のことは、正直……───」
「あああああやっぱりナシ!答えるなぁぁっ!!!」
「は、はいっ……!」
答えようとしたところでアリシアに全力で阻止された。
こちらとしてはむしろ答えなくていいと言われて安堵している。
なぜなら俺は中間的な回答をしようとしていたからだ。
何となくキザで気持ち悪いセリフを準備していただけに、俺としては助かった。
「………すまない。アキトの答えを聞くのが途端に怖く感じてしまった。私はきっと、お前から拒絶されることを恐れているのかもしれない」
自らの胸の内を晒すように、ボソッと言い切ったアリシアはそのまま無言になった。
……それはつまり、俺に嫌われたくないということで合っているだろうか。
俺の答えを遮ったのも、アリシアが望まない方を選んで欲しくないから。
ならばもし彼女の望む方を選んでいたら、どうなっていたのだろうか。
嫌われたくないということはつまり、………つまりそういう事で合ってますか。
「あっ……アリシア?」
背中越しに呼びかけてみるも、彼女の声は返ってこない。
心なしか寝息が聞こえてきている。
「………あっ、寝た?」
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