第28話 戦いの前の癒し
オルンさんに背中を向けて着替えながら、ふと彼女に疑問をぶつけてみた。
「なんで屋敷の中でも男装をして姿を隠しているんですか?」
背後から聞こえるガサガサとした音は、おそらく今晒しを巻いている最中だろうか。
「知られてはいけないからだよ。……あーいや、見られてはいけないと言った方が正しいか。どちらにしても、私が男装をする理由と直結する」
そういえば俺はオルンさんから、なぜ彼女が男の姿に扮するかの訳は聞かされていない。
どういう経緯で女であることを隠すことになったのか、気にならないと言えば嘘になるが、彼女からは聞かないでほしいというような雰囲気を感じていた。
だから口を滑らせて疑問をぶつけてしまったことに対して、後悔している。
「………キミは私の特別の内だが、今はまだ話すことはできない。何事にも時機があるように、今はまだその時ではない」
「それは……───」
どうしてなのかを聞いてしまいたくなったが、直前で引きとどめた。
「いや、いいんだ。私が、キミに話すことを恐れているだけだから」
弱い口調でそう言って淡々と支度を済ませたオルンさんとともに脱衣所を出た。
自室へ戻ろうとしたらオルンさんに引き止められて、違う部屋へ誘導された。
見覚えがあると思ったらアリシアの部屋だ。
廊下に数ある部屋の扉の中でも段違いに豪華なその扉をノックすると、中からアリシアの声が返ってきた。
俺とオルンさんが入室すると、即座に扉が閉められた。
円卓のテーブルに三つの椅子を均等に配置されており、そのうちの二つにアリシアとオルンさんが座った。
「ほら、お前も早く座れ」
いつもより若干不機嫌気味のアリシアに促されて、俺は椅子へ座った。
二人はすでにこうして集まることを考えていたように見えるが、俺は何も知らされていない。
「今こうして集まったのは、学院の入学試験についてだ」
そうしてアリシアが話し始めたのは、迫るルージュリア王立学院の入学試験と、ヨンダルク公爵家との戦いの両件についてだ。
大事な用事が控えている中で厄介事が舞い込んでしまい散々ではあるが、今更どうこう言うことではないだろう。
「ヨンダルクをさっさと始末しなければ、最悪の場合学院の入学試験に間に合わなくなってしまう。それだけは何としてでも避けなければいけない」
「でも相手は公爵家だろ?学院の入学試験なんかに気を回す余裕がないんじゃないか?」
どっかの弱小貴族を相手にするのとは訳が違うだろうに、学院の入学試験のために早く終わらせるだなんて、無謀なんじゃないだろうか。
「それではダメだ。私たち三人で学院に入学する、そうだろうアキト」
アリシアが俺の目を見ながら力強くそう言った。
それはアリシアには言ったことはない。
オルンさんの方を見ると、同じように力強い眼差しで頷いている。
「……そうだな、入学試験までには何としてでもヨンダルク公爵家に勝とう」
待ち受けてる楽しい学院生活をものにするためには、ここで躓いている場合ではない。
「まぁ少年はここでお留守番だがな」
「えっ、何でですか!俺も一緒に戦います。剣術だって上達してきたんですから」
数回ではあるが、アリシアから魔法も教わっている。
少しばかりではあるが戦力になれると自負している。
「キミでは足手纏いになる。だからキミは戦わずにここで待機していろ。その間は適任者をキミの隣に置くから大丈夫だ」
「いやっ、そういうわけじゃ……」
完全にお荷物だと言われて、心躍っていたのが一気にしょんぼりしてしまった。
「オンカの言う通り、ここで大人しくしていろ。また自分から斬られに突っ込まれたらと気が気ではない」
それを言われればぐうの音も出ない。
「お前を心配してのことだ。許してくれアキト」
優しい口調でそう言われたら許す以外にない。
俺への危惧が問題なく解決すると、二人は唐突に戦いについて話し合いを始めた。
「困難というわけではないが、戦いを仕掛けるのに人数は多いに越したことはない。私は明日、騎士団の方へ出向くことにする」
「あっ、それでしたら私と少年も行きましょう。ちょうど少年の護衛に最適な人物がいるので」
「分かった、そうしよう」
明日の朝から騎士団……?というところへ赴くらしく、そのつもりでいるよう言われた。
何というか、アリシアもオルンさんも血の気が多いというか戦闘好きなのか、考えについていける気がしない。
淡々と話し合いは進み、そうしてすぐに終わった。
解散となり、オルンさんは自室へ向かった。
この部屋を出る際に、「楽しんでね」という耳打ちとともに笑顔で去って行った。
「じゃあ、俺も寝るから………」
「待て、どこに行く気だ?」
ごく自然な空気で自室へ戻ろうとしたら、即座に腕を掴まれた。
「いや部屋に……」
「ダメに決まっているだろう」
アリシアの握る力から俺が逃げられるわけもなく、引き戻されてしまう。
「しばらくの間、つきっきりでいると言っただろう。ほら、寝るからこっちに来い」
この部屋の奥に通されると、そこには大きなベッドがあった。
これはもしかしなくても、アリシアと一緒に寝る………ということか?
「早くこっちに来いアキト」
先にベッドにあがり、隣をトントンと叩いて来るよう促してくる。
その表情は至って真顔で、しかも照れた様子もなく彼女にとっては真面目に言っていることだ。
俺にはもう何が起きているのか訳が分からない。
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