第27話 魔女の素質

「ちょっとその傷を見せてくれないか?」


 浴槽に入ってきたオルンさんがそう言ってきたため、身体を寄せるようにして近づいた。


 俺の右目の部分をまじまじと見つめられている間、左目は気まずくて仕方がない。


「……触っても、いいかな」


「ちょ、ちょっとだけなら」


 了承を得るなり、彼女は手を俺の額へと伸ばしてきた。


 触れたオルンさんの指が優しく右目の瞼を上から下へなぞった。


「痛いか……?」


「いえ、今は全然痛みはないですね。ただ違和感というか、おかしな感覚は続いてます」


 眼球をズバッと斬られ潰れてしまったため、瞼の裏にはもう眼球はない。


 瞼の中で無意識に転がしていたものがないとなると、視線を向けたときに右側だけ向けるものがない。


 先ほど鏡で自分の顔を見た時に、片目を失明して縦一直線に傷が入っている姿が熟練の強者にしか見えなかった。


「そっ……かー………、とんだ災難が起きてしまったな」


 俺から離れて浴槽の反対側に背をつけた。


 彼女が大胆に身体を沈ませたことで波が起こり水面が揺れた。


「少年が斬られたことによって、両家の戦いの火蓋が切られてしまった。………斬るだけに」


「………」


「アリシア様が当主に有無を言わせずガルバ・ヨンダルクに向かって宣戦布告したとはいえ、大貴族同士の争いの火種に選ばれるとは、なかなかの大役じゃないか」


「これから戦争が起きるっていうのにそんな呑気なこと考えられるわけないじゃないですか……」


 片目を犠牲にした代償が戦争だなんて最悪でしかない。


 普通何かを犠牲にしたら得られるものがある筈ではないだろうか。


「結局はやらなければやられる世の中なんだよ。私としては別にヨンダルク家に興味はないし恨みもなかったが、今回の件で潰す理由はできた。やるからには徹底的にやるぞ」


 大量の血が流れることを想像すると少し吐き気を催してしまう。


「この戦いに負けた側はどうなるんですか?」


「これが国家同士の戦争であれば、無闇な殺しをせずに捕虜として生かすこともする。だが、たかが家門同士の戦いなど一人残らず殺し切る他にないだろうな」


 無惨にも情けはなしか。


「もしくは奴隷に堕とされて売買される道だ。以前闇ギルドに多くの人が攫われる事件が起きただろう。人は案外簡単に奴隷にされてしまうということだ」


 奴隷という言葉を聞いてあまりパッとしないが、奴隷になったことでメリットがないのは俺でも分かる。


 この身に金額がついて、売り買いされることが気持ちのいいわけがない。


「………負けないですよね」


「なんだ、そんなことを気にしているのか。まさかとは思うがあのアリシア様が敗北する姿を想像しているんじゃないだろうな?」


「そうじゃないですけど……」


 ただ少し、悪い先の想像をしてしまった。


 負けたら殺されるか奴隷になるかの二択、まず間違いなく俺は殺されて終わるだろうが、アリシアがもし仮に奴隷にされてしまったらと考えると胸の奥が苦しくなる。


「──いいか少年、アリシア様は誰にも負けない。私も二度と同じヘマを繰り返しはしない。よく覚えておけ」


 こちらに向ける彼女の眼は、まるで見る人を魅了させるような、自然と意識が吸い込まれるような感覚に陥りそうになる。


 こうして一緒に風呂に入っている時だけ、別人のように放つ雰囲気が変わる。


 男装を解いているからか……?


「……ん、そんなに見つめてどうしたんだ」


「あっ、いや、オルンさんってたまに人を魅了する魔女みたいな雰囲気になりますよね。そのときはめっちゃ綺麗です」


 素の女性の姿だと本当にそう言っても過言ではないほどに綺麗だ。


 ただ男装をしている普段はそんな雰囲気は微塵もなく、頻繁に揶揄ってくる美少年といった感じだ。


 これが、裸の状態でいるこの場だから気の迷いでそう感じるだけ──ということでないと信じている。


「魔女か、それはまた面白いことを言うな。だが少年、魔女は恐ろしい存在なのではないか?」


「普通の魔女ならそうかもしれないですが、オルンさんは全然恐くはないですよ。揶揄ってくるけど俺のことを守ってくれる魔女ですね」


「………そうか」


 魔女といえば魔法を使いこなすイメージが強いが、オルンさんは魔法が使えないんだったな。


 剣で戦う美しき魔女──というのも新鮮でアリ寄りのアリだ。


「その発想は私的には大変好みだが、今後魔女というワードは口にしない方がいいぞ少年。世界には触れてはならない存在はいくつも存在する。その内の一つが魔女という存在だ」


 口元に人差し指を当てて、決して口にしてはならないと言うオルンさん。


「私とキミの、二人だけのヒミツだ。分かったね?」


 微笑みかけていながらも真っ直ぐにこちらを射抜くあの瞳は、やはり魔女だ。

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