第23話 迫り来る死者の剣
ファラディオ公爵邸へ戻ってくると、正門に兵が二人立っていた。
いつもは門番など見たこともない。
身に覚えのない兵に、オルンさんも怪しげな目を向けながら彼らに近づいていく。
「──そこで止まれ」
俺たちの存在に気がついた兵士の一人が、こちらへ剣を向けて牽制してきた。
「そちらがその気なら、私も容赦しないぞ」
オルンさんも剣を抜き、互いに構えている。
「……っ!その紋章、貴様もしかしてヨンダルクの者か」
彼女が相手の鎧に描かれている印を見てそう声に出した。
ヨンダルクといえば、先ほど武器屋で会ったスカーレットの家名だ。
ファラディオと同じ公爵の地位を持つ最上級貴族。
「聞いたことがあるぞ。紋章を堂々と鎧に刻むのは上級騎士だけだそうだな、ヨンダルク公爵の近衛騎士の、それも上級騎士ならさぞ相当な実力なのだろう?」
笑みを浮かべて嬉しそうに話しているオルンさんの挑発に乗るようにして、兵士の一人が顔を赤らめている。
もう一人の方の兵士は聞く耳すら持たず、剣すらも鞘から抜かずただ大人しくしている。
この状況下でまるで動揺を見せないあの兵士は、おそらくこの激昂している兵士よりも強そうだ。
となると、オルンさんの挑発にまんまと乗ってしまった兵士は雑魚キャラかな───……
「ぶふえっ!?」
兵士がオルンさんに向かって剣を振り下ろしたように見えた瞬間、気が付けば俺は後方へ吹き飛んでいた。
「離れていろ少年!」
兵士の攻撃を受け止めたオルンさんが後ろを振り返りそう叫んだ。
たった剣の一振りであれほどの衝撃波が起こるなんて想像もしていなかった。
兵士とオルンさんによる一騎討ちは苛烈なものとなり、二人の振る剣が全く目で追えないのは、明確な実力差があるからだと分かっている。
分かっているが、雑魚キャラそうに見えた兵士が、俺が見たことのない速度で剣を振るオルンさんとほぼ同等にやり合っているようことに驚きを隠せない。
オルンさんはさきほど、あの兵士二人を見て上級騎士と言っていた。
つまりあれが、上級騎士という者の実力なのか。
剣同士がぶつかり合うたび耳を劈くような金属音が鳴り響く。
「───お前はやらないのか?」
二人の激しい一騎討ちを横目に、こちらに視線を向けるもう一人の兵士。
少し気だるそうな雰囲気で、口元に笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「その手に持ってる剣で加勢したらどうだ?」
「……俺があそこに突っ込んで行ったところで何もできないんでやめときます」
流れ弾でも喰らって死ぬだろうな。
「そうか。けど押されてるみたいだぜ、あのガキ」
そう、この兵士が言うように、俺の目から見てもオルンさんが僅かに押されているように見える。
ダメージこそ負っていないが、あまり反撃せずに防戦一方気味だ。
対して兵士の方はというと、絶えず猛攻を彼女に浴びせて殺す気でかかっている。
「それなりに良いモン持っといて、それは単なる飾りか何かか?お仲間のガキがあいつに斬り裂かれちまうぜ」
これが単なる挑発だというのは分かっているが、オルンさんが危機的状況であるというのは事実だ。
ただ、彼女の表情には焦りは見えず余裕があるようにすら見える。
いったい何を考えいるのか、まるで両斧の少女と戦っていた時と同じように敢えて防戦一方でいるようにも見える。
僅かに後退しながら兵士からの攻撃を防いでいる。
だが彼女の後方には、人の頭ほどの大きさの石が転がっている。
「まさか気がついていないなんて事ないよな……?」
「いや、ありゃ間違いなく気づいてないぜ」
一瞬だがオルンさんが石に躓いて慌てふためく姿が想像できてしまった。
「──あっ、やべ」
見事にかかとを石に引っ掛けてしまいバランスを崩したオルンさん。
後ろに転けそうになる彼女の頭上からは、兵士の剣が真っ直ぐに振り上げられている。
「これで終わりだ、クソガキーー!!!」
兵士が剣を振り下ろすのと同時に、俺は地面を蹴って全速力で駆け寄った。
大地を割るほどの勢いで振り下ろされた兵士の剣を、寸前のところでこの剣をもって防いだ。
「あっ!?少年!」
「うわっ、重すぎだろ!?」
転ける寸前で体勢を整え剣を頭上に構えていたオルンさんが驚きの表情を見せていたが、そんなことに気をかけるほど余裕はない。
手に握る剣が折れていないのが不思議なほどに重くのしかかり、遥か巨大な物体でも背負っているようだ。
とうに痺れて感覚を失っている手と腕で死ぬ気で力を込めるも、だんだんと押し負けていく。
「邪魔を───するなァーー!!!」
ガギンッと一瞬で振り下ろされ、俺の剣が地面に食い込み、危うく斬られずに前傾姿勢となった。
さらにもう一度、下からものすごい勢いで剣が振り上げられてきた。
「ヤバいっ───」
目と鼻の先に鋭い剣先が迫ったその時───…
爆音が鳴り響いたと同時に剣の速度が急激に落ちた。
一直線に上へ振り上げられた剣の軌道は変わり、次の瞬間には右側の視界が真っ暗になり、直後に強烈な痛みが襲ってきた。
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