第24話 炎の槍は穿つ

 当主ガルバ・ヨンダルク自らがたった二人の兵士を引き連れて来たときは、父上すらも驚いていた。


「やあ、久しぶりだねハルマン」


 父上に向かって気安く名前を呼べる者は王国中でも両手で数えるほどしかいない。


 王国屈指の実力者であり、気さくな性格であるにも関わらず公爵家の現当主──というのがこの男への世間の認識だ。


 ファラディオの人間は、ガルバ・ヨンダルクの突然の訪問に怪訝な表情を隠せない。


「これはこれはアリシア嬢。元気にしていたかい?聞いたよ、王立学院を受けるんだってね。ハルマンに強制されたりでもしたのかな?」


「………」


 社交辞令のように声をかけてくるが、この男は私に寸分すらも興味を抱いていない。


「さっさとここに来た用件を話せガルバ」


「はっ……全く、ファラディオはどいつもお堅いこった。なぜそんな無愛想な貴様らが国王陛下から気に入られているのか、私には理解し兼ねる。先日のアリシア嬢一件は本来であれば不敬及び敵意を持ったとして反逆罪……死刑だ。だというのに殿下自らが許し、そしてエイブラン側からも何もなしときた。この国はなかなかどうして狂っているようだ」


 私が殿下とミーシャのパレードを襲撃したことについて言及している。


 今思えば反省はしているがこの男にとやかく言われることではない。


「貴様のその発言こそが不敬罪だ。殿下が自らアリシアのしたことについてお許しなさったこと。そこに貴様が文句をつける筋合いはないのではないか?」


 ガルバ・ヨンダルクがルージュリア王国に対してやや反抗的だというのは、一部の貴族層で知られている事実だ。


 だから国王陛下自身もヨンダルク家を王族から遠ざけている。


 王国貴族の、それも公爵地位に置くべきではない人種だ。


「これは文句ではないぞハルマン。私はより正当な判断を下すべきだと言っているんだ。中途半端な思想を持っていては、いつか必ず王国は地の底に落ちるだろう。私が、いや私たちがその意志を見せなければいけない」


「………謀反を起こすつもりか」


 父上が怪訝な表情でそう問いかけた。


「その通りだ」


 躊躇うことなくそう言い放った。


 それはつまり、ルージュリア王国の敵になるということ。


 国王陛下とご懇意にされている父上としては、聞き捨てならない一言だ。


「……そうか」


「たかが貴様の腕でこの私を殺そうなどと思うなよハルマン」


 まさに一触即発の事態といえる。


「……冗談だ。今ここで事を構えるつもりはない」


 両手を挙げ、攻撃する気がないことを伝えた。


 この男が全力で敵意を向けて攻撃してきたのだとしたら、ファラディオ家は甚大な被害を負うだろうが、同時に向こうもそれなりのダメージを負う。


 この男ただ一人が恐ろしく強いだけで、他のヨンダルクの人間は相手ではない。


 戦力で言えばこちらの方が上ということだ。


「君は随分と自分の力に自信を持っているようだねアリシア嬢。どうだろうか、私の娘の相手でもしてやってくれないか。傲慢が過ぎる君と、強欲で仕方がないスカーレット、二人は相性が良いと思うんだ」


 あの女狐は昔から事あるごとに私に関わってくる。


 欲するものを力づくで手に入れようと考えることはあっても、そのために自らも犠牲にするというあの女の考えは理解し難い。


「……断る」


「ははっ、そうかそうか。あの娘は君にとても会いたがっていたとだけ、伝えておくよ」


 意味深な笑みを浮かべてそう言ったガルバ。


「───これで終わりだ、クソガキーー!!!」


 そのとき突然外から男の叫び声が聞こえた。


「……何事だ。外を確認しろアリシア」


 今この部屋に使用人はおらず、私が足を動かして確認するしかない。


 声が聞こえた方、正門側の窓から外を覗くと、そこにはオンカと……


「……───アキトっ!?」


「……?それは確かお前が連れてきた少年のことか?」


「そうです……───っ!」


 ガルバが連れて来ていた兵士の一人がアキトへ剣を下から振り上げていた。


 何がどうして起こった状況なのかは分からない。


 だが私は、彼を守らなければいけない。


「なっ、何をしている貴様!」


 ガルバの声など今の私の耳には入ってこない。


 今から駆けつけては間に合わない。


 右手に槍を形取った炎を形成し、アキトの前に立つ男へ向かってこの場から全力で投擲した。


 そしてすぐさまこの場から出て、彼の元へ走った。





「────……あれ、なんか右が見えない」


「あぁっ…………少年………」


 振り返るとオルンさんが涙目でこちらを見ていた。


「やっぱり……右が少し、見えづらい…………な」


 意識が朦朧とした途端、視界が傾き地面に倒れてそのまま眠ってしまった。

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