第16話 ギルド脱退希望です

 一方で始まったオルンさんの剣術指南初日。


 セントラル街から離れたどこかの森へとやってきた。


 あの日ルージュリア通りでオルンさんと出かけた時と同様、格好は鎧ではなくラフな服だ。


「ふむ………そんなにダメだったか」


 俺は彼女に育成ギルドでの出来事を細かく話した。


「その詠唱というのは、もしかしたら初級者にとって必要なものかもしれないな。だがまぁ、悪いが私にはよく分からない」


 魔法が使えないという彼女は、魔法についてほとんど知り得ていないらしい。


「勧めておいてなんだが私もあのギルドについて詳しく知っているというわけではなくてな。キミにぴったりな場所だと思ってほんの軽い気持ちで連れて行ったところだ」


「えぇ……」


 俺はてっきりオルンさんにとって関わりのあるギルドなのかと思っていたが、どうやら彼女本人は行ったことすらなかったと言う。


「そういう事ならまた方法を考えてみるとするが、一旦保留だ。まずは剣を重点的に学ぶとしよう。魔力量の測定とやらで雑魚判定を喰らったのだろう?」


「ざ、雑魚って………でも魔法適正はとても高いって言われました」


「それでもキミが保有する魔力が少ないのではポンポンと魔法を撃てないだろう。それならば剣技を磨いたほうがより効率的だと思わないか?」


 もちろん彼女の言うことはもっともだ。


「オルンさんは魔法の測定をやってどんな結果が出たんですか?」


「そんなものはやった事ないぞ。聞いたこともないしな、人の魔法適正だとか魔力量を測れる道具なんて」


「えぇっ!?」


 そうなってくると、いよいよあの育成ギルドが怪しくなってくる。


 一番怪しいのはやっぱりあの白衣のお姉さんに違いない。


 じゃあ測定した結果の真偽はいったいどうなるんだ……?


「ほら、少年」


 彼女に呼ばれ手に渡されたのは、木剣だ。


「じきに使うものだ、今から持っておけ。落とすなよ」


「はい、………っ!?」


 彼女が木剣から手を離した瞬間、木剣は俺の手をすり抜けて垂直に地面へと落ちた。


 剣先から真っ直ぐ落ちた木剣が、あろうことか土の奥深くに突き刺さった。


「んぐっ……!!」


 木剣の柄を握り、引き抜こうとするが、どれだけ踏ん張っても俺の力ではどうにもなりそうもない。


「落とすなと言った側から………いいか、その手は離すなよ」


 そう言いながら身体をピタリと密着させてきたオルンさん。


 柄を握っている俺の手を、上から覆い被せるようにして持ち、そして一気に木剣を引き抜いてみせた。


「オルンさん、イケメンすぎる………」


 何だよ、寄り添って一緒に剣を引き抜いて、それでいて直後に間近で軽く微笑むとかこんなイケメン反則だろ。


「何を言ってるんだキミは……いいからとっとと始めるぞ」




 ──彼女は自らが口で説明することが苦手だと言う。


「もちろん説明できる限りのことはするよう努力するが、少年には理屈で理解するよりも体感で理解してもらいたい。剣は振り方次第で如何様にも変化する」


 そうして手に持っている鞘から剣を抜いた。


 俺が今この手に持っている木剣とは異なり、斬ることのできる真剣だ。


 真っ直ぐに伸びた剣身は地面にそっと突き刺された。


 いつぞやの路地裏で見た時と合わせて、あの剣を見るのはこれで二回目だ。


「世の中には剣をただ振ればいいと思っている輩が五万といる。どれだけ腕力が優れていて、どれだけ速く剣を振れようと下手なやつは何も斬れやしない」


「はい先生っ!」


 素早く手を挙げた俺に対してピシッと人差し指を突きつけるオルンさん。


「なんだねアキトくん」


「刃があれば例え力任せに強引にいっても斬れるんじゃないですか?」


「いい質問だ。確かに無理矢理ねじ込めば人間の身体くらいは容易に真っ二つにできる」


 彼女は剣を持ち、数歩歩いた先に生えてある大木の目の前に立った。


「ではまず私の持つ力の限りで力任せに振ってみよう」


 そう言うと、剣を構えて目一杯力を込めてみせた。


 そうして目にも止まらぬ速さで剣を横に振った。


 あまりの迫力に言葉を失い圧倒された。


 山でも斬り込む勢いで一閃された剣はしかし、衝突による轟音を鳴り響かせるも木を斬るには至らなかった。


 破壊しながら突き破ったような痕を残して、幹の中央付近で止まっている。


「これが人間の身体だとしたらどうだ少年」


 人の身体は当然木よりも脆い上に、こんな大木だ。


「……斬るというより、潰れてしまうと思います」


「そうだ。血肉がそこら中に散乱して内臓が抉り飛び出されるだろう」


 木から剣を引き抜き、再び構えた。


 だが今度は目に見えて力を込めておらず、むしろただ剣を持ち上げているだけのようにすら見える。


 そうして自然体で唐突に繰り出された一閃を見て、俺は目を疑った。


 目の前の大木が綺麗に斬られただけでなく、およそ周囲の木すらも斬り落とされたのだ。


 剣先が触れていないのにも関わらずものを斬ることが可能なのだろうか。


 クルッとこちらを振り返ったオルンさんは、今日一番の笑顔で言った。


「少年にはこれをできるようになってもらうからねっ!」

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