第15話 教える気ないだろお前

 測定の結果は、魔法に対する適正が極めて高く、魔力量が極めて少ないということになった。


「あぁっとね……通常、魔力量っていうのはその人の魔法適正に応じた総量になるの。だけどあなたの場合は二つが真逆になっている。いくら魔法適正が抜群に良くても、魔力量が少なければちょっと魔法を使っただけで魔力が枯渇してしまう」


「それは……なんというか、最悪なくじを引いてしまったみたいですね」


「それがそうでもないから安心するといいよ。魔力量は生涯そのままというわけではない。これはただ単に体内を循環している魔力の量にすぎないだけで、この世界にはそこら中に魔力がある。今は魔法適正が高いということを喜べばいい」


 お姉さんにニコッと微笑まれて、一瞬ドキッとしてしまった。


 ここで彼女とは別れて、別の人に案内されてやってきたのは屋外だ。


 この建物にある中庭のようなところだが、随分と広い。


 その中心に一人の男が突っ立っているのが見える。


「アキト様、あの方が今回講師を務める魔法使いのバレンテさんです」


 そのバレンテという男の元へ近寄っていくが、こちらに気がついた素振りはなく俯いたまま顔を上げない。


「あ、あの……バレンテさん。生徒のアキト様をお連れしました」


 そう男に話しかけているが、俯いたまま全く動じる様子がない。


「───フハハハッ、やっと来たか我が同胞よ!!!」


 勢いよく顔をあげ、両手を広げて大声で言い放った。


「私の名はバレンテ、特級魔法使いのバレンテだっ!」


 男が二度名乗った直後、この場に静寂が訪れた。


 案内のお姉さんが特別困惑していないのを見るに、この男にとってはこれが平常運転なのだろう。


「では、私はここまでとなりますので。あとはバレンテさんの指示の下で動いてください」


「あっ、はい……ありがとうございます」


 そうしてこの場には俺とイカれたオッサンのバレンテだけになった。


「少年………魔法は、好きか」


「いや、まだ使ったこともないので何とも言えないです。それを学びにここに来ていますし」


「そうか………いいか少年。魔法とは、この世の森羅万象の力ともいえる。神秘的であり幻想的な力、それが魔法なのだっ!」


 感情がこもりにこもった喋り方で熱弁をし始めた。


「さらに魔法には、それらを具現化するために詠唱というものを用いて発動する!これからこの私のやることをよく見ておくのだ」


 そうして始まったバレンテによる魔法の実演。


 突然口走ったのは、何やら難しそうな単語を並べた言葉。


 それが詠唱というものなのだろうが、率直に何を言っているのかまるで聞き取れないほど早口だ。


 両手を前にかざして、詠唱を言い終わるのと同時に勢いよくその手を前へ突き出した。


「────……そして今ここに顕現せよっ!──ファイヤーウォール!」


 それは人の背丈ほどの高さをした炎の壁だった。


 そのまんまの魔法名のとおりに、ただ目の前に炎の壁が出現した。


「見たか少年っ!これが魔法の叡智なのだよ!!」


 魔法を発動した本人は大変満足な表情で、まるで子どものように自分がつくったものを自慢している。


 俺は目の前の光景からゆっくりと目を逸らし、頭上天高くを見上げた。


「来るところを間違えたか………?」


「さあ少年、魔法を具現化するのだっ!私に続けて詠唱をしてみろ!」


 もう一度と言わんばかりに、先ほどの長ったらしい詠唱をまた口にし出した。


「ちっ、ちょっと待ってください」


「うむ、詠唱を妨げるのは良くないぞ少年」


「あっ……それはごめんなさい。えっと、バレンテさん、魔法を使う時にどんなことをイメージしてるのか教えてくれませんか?」


 この人の詠唱を暗記するというのが今日の課題だとしたら、俺はいつまで経っても達成できる自信がない。


 それに、バレンテが詠唱を終了してから『ファイヤーウォール』と叫ぶ直前に俺は見てしまった。


「顕現せよっ!」と言い放った瞬間にはもう炎が出現し始めていた。


 つまりはファイヤーウォールと言い終わる前にファイヤーウォールが完成されていたのだ。


 仮に詠唱が魔法を発動させるのに必要な過程なのだとしても、果たして発動者本人の意思に関係なく魔法が姿を見せるだろうか。


 詠唱終了時点で、バレンテの頭の中ではすでにイメージもしくは構築が成されていたと考えるのが妥当だ。


「───そんなものは無いっ!魔法はイメージするものではなく唱えるものだ。戯言を吐いている暇があれば詠唱をしろ!」


 聞く耳など持たないといった様子で小難しい詠唱をまた唱え始めた。


 この男が魔法に対して詠唱に固執しているというのはよく分かった。


 バレンテのせいで俺の抱いていた魔法へのイメージダウンが甚だしいが、もし本当に詠唱が必要だったらどうしよう。


 もしも、アリシアがこんな厨二病くさい詠唱をしていたとしたら───……いやそれはそれで想像するだけカッコいいな。


 だけどやはり、美しさの中に共存する残酷さを持ったアリシアの方が俺は好きだ。


 相手に対して無言で魔法を放つ残酷無慈悲な悪役令嬢でありながら、一瞬の隙にデレて可愛い一面を持っている、それがアリシアじゃなかろうかっ。

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