第12話 深紅で漆黒

 天井の一部が崩落し、真下にいた男たちの半数が埋もれて下敷きとなった。


「なっ、何が起きやがった……!?」


「──おい、そこのクズ共」


 穴の空いた洞窟の上空に見えるのは一人の人影。


 女性の声だが口調は有無を言わせない威圧を放っている。


「はっ……なぜ貴様がここにいる……!?伯爵の小僧ではなかったのかっ!」


 宙に佇む威厳のある風格に、陽に照らされ煌めく深紅の髪。


 漆黒の豪奢なドレスを身に纏ったその姿は他を寄せつけない圧倒的な美しさを持っている。


「低俗な豚如きが、この私に話しかけるな───…耳が穢れる」


 上からゴミ以下のものを見下す目を向けているアリシアが、ふと俺と目が合った。


 途端にバッと目を逸らし口元を隠す仕草をするアリシア。


 いやいや目が合っただけで照れるとか、可愛すぎだろ。


「くそっ、公爵の狂女が現れるのはいくら何でも予想外だ!お前ら逃げるぞ!」


「えっでもボス、相手はたったの女一人ですよ……?囲んじまえば終わりですぜ?」


「バカかテメェは!?狂女相手に何ができるってんだ!行くぞ」


 人が変わったように慌て出し逃げようとする男たち。


 公爵の狂女………いったいどれだけ恐れられてるんだ。


 凶悪犯罪者からも有無を言わせない圧倒的な悪役令嬢扱いされているようだ。


 しかし狂女か……路地でアリシアに殴られた時のことを思い出すと、ピッタリな異名なのかもしれないな。


「───私の前から逃げられると思うなよクズ共。地獄の果てまで追いかけて殴り殺してやる」


「「ひいぃぃ……っ!」」


 彼女によってこの場にいるの男たちが恐怖に飲み込まれ空気がピリついたそのとき、空中をチカッチカッと散りつく火花が見えた。


 目の前を漂う空気のそこら中で火の光が現れては消え、とても不吉な予感に苛まれる。


 ──次の瞬間、目の前を炎の柱に囲まれた。


「グアアァァァァッ!!!」


 一斉にそこら中から男たちの苦痛の叫び声が聞こえた。


 しかし俺はちっとも熱く感じることはない。


 俺のいる場所を囲むようにして綺麗に空洞型の円柱ができあがっている。


「アリシアの魔法だ……」


 内部は蠢く炎が上へ上へと巻き上がり渦を形成している。


 男たちの叫び声が聞こえなくなるまで炎の柱は出現し続け、やがて消失した。


 円を描くようにして地面が深くまで抉れ焦げていた。


「あっ……よかった」


 周辺を黒い塵が舞っていて焦げた匂いが充満している中で、無傷で横たわり気を失っているカシュの周りには同様に円形の跡があった。


「……さすがアリシアだ」


「──それはそうだけど、本当にさすがなのは私だからね、少年」


 洞窟の奥から姿を現したのはオルンさんだった。


「近頃人攫いの事件が多発していてね、特に中心街で堂々と攫っていた。だがどうにもアジトを突き止めるのに苦労していたんだよ」


「……もしかしてそのためにわざと捕まったって言うんですか?」


「その通りだよ少年っ、攫われればアジトの場所分かるじゃん!って思ったオルンちゃんは最近手に入ったイキのいい囮を連れていったわけだ」


 愉快な表情で経緯を説明している。


 やっぱり全部この人が仕組んだことだった……。


「そこに転がっている貴族の紋章というのも、あんたが入れたんですよね、どうせ」


 人などあっという間に黒焦げにしてしまったアリシアの炎を受けても無傷の状態でいる。


「ま、まぁそこまで落ち込まないでよ少年。ほら、アリシア様をここに呼んだのは私だし、結果的に無事だったんだからさ」


「結果論で話をしないでください、俺の顔面がまたボコボコなんですから。絶対許しませんよ」


 口に入り込む自らの血の味にももう慣れてしまった。


「ごめんよアキトくん……またいつでも一緒にお風呂に入ってあげるから」


 くっ………この人は男が喜ぶことを的確に知ってやがる。


「そ、それなら……」


「──お風呂がどうしたの?」


 やばい、上から降りてきたアリシアに聞かれてしまった。


「あっ、アリシア……いやその、また風呂に入って汚れを落としたいなーって思っただけだよ」


「……当然だ、そこら中が汚れと血だらけじゃないか。なぜお前はいつも殴られているんだ」


 一度目はあんたに殴られたんだけどな……


「アリシア様ったら、少年が人攫いに捕まってるって知った瞬間にとても怖い顔になったんだから。ねっ、それだけ少年のことが心配だったんですよね」


 ニヤけた表情でアリシアを煽っている。


「当たり前だ。アキトは私の大事な人間だからな」


「え"ッ………」


 しかしオルンさんの予想は大きく外れ、照れた様子は微塵もなく堂々とそう言い放ったアリシア。


 もちろん俺も驚いているし、堂々と言われた側としてめっちゃ恥ずかしい。


「あっ……アリシア、その……それってアリシアにとって、俺は特別な存在に入れられてるってことでいい?」


「そう言っている。お前はこの私を心から認めてくれただろう、だから私も気を………き、を…………っ!?」


 ハッと気がついたかのように俺の顔を見て、そして目が合うと急激にアリシアの顔は紅色へと変化していった。


 真っ赤に染め上げた顔に、目には涙を浮かべて俺を睨んでくる。


「………っ、これはお前のものだろ、オンカ」


 落ちていた貴族の紋章を拾い、オルンさんへと手渡すとここからひとっ跳びして洞窟の上へ行ってしまった。


「逃げたね……でもまぁ良かった、いつも通りのアリシア様だ」


「………アリシアを揶揄うのは程々にしてください」


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