第4話 悪役令嬢の本心

「ちょっ………突然なにを───ウゲッ!」


「うるさい………黙れ………お前に私の何が分かる………ッ!」


 起きあがろうとした途端、馬乗りになるようにして身体を地面に押さえつけられた。


 一発二発と俺の顔面に歪な音を立てて彼女の拳が投げつけられる。


 生まれてこの方、人に顔面を殴られたことなんて一度もなかった。


 そんな暴力的な世界とは無縁の場所で平穏に過ごしていたというのに、俺は今、女の子に馬乗りになられてひたすら顔面を殴打され続けている。


 最初から抵抗なんてできなかった。


 だってこの人、俺なんかよりも遥かに力が強い。


 顔を殴られて後ろに吹っ飛ぶなんて、本当に漫画かゲームの世界でしかない。


 一発殴られるたびに、頭の芯が揺れて感覚がおかしくなっていくのを感じる。


 ポタポタと、顔に彼女の涙が零れ落ちていくにつれて拳の繰り出される頻度が減っていく。


「うぐっ…………私だって、私だってぇ…………!」


 拳を振り下ろすことをやめ、俺の制服の胸ぐらを強く掴み何かを堪えているアリシア。


 彼女の涙が顔に落ちてきているのはなんとなくだが分かる。


 だが殴られすぎて顔面のほとんどの感覚が麻痺してしまっている上に、殴られ出血したため血が目に入ってきて視界がとても悪い。


 ぼんやりとしか彼女の姿を認識できていない。


「あ………アリシア……、きみは、なんであの王子を、欲しいんだ………?」


「そんなの……知らない…………知らないわよっ……………」


 俺の胸元に顔を埋めてひたすら泣き続けるアリシア。


「…………ぇえ?」


 いやいや、じゃあなんでメインヒロインから奪い取ろうとしてたんだよ。


 好きなわけでもなく、王位継承権を持つ王子が目的でもないのなら、いったい何のためにあの場で襲撃したのか意味が分からない。


 意味が分からないが、ここは慰めてやらなければいけない。


 悪役令嬢を慰めるというルートに突入済みなのだから、ここで放棄すればそれこそストーリーから逸脱してしまう。


「その………元気だしてよ、アリシア。なんと言うか……見事な負けっぷりだったよ」


「うるさいーーーっ!!!」


 ドスッ


「うぅっ!?」


 両手を思い切りみぞおちに落とされて、一瞬息ができなくなって死ぬかと思った。


 ゴリラのドラミングを直に受けたくらいの威力だった。


「うるさい……うるさい………!」


「ご、ごめん……!とりあえず……体勢を変えて座ろうか」


 これ以上彼女に殴られれば俺は死んでしまう。


 なんとかアリシアを壁際に座らせることに成功し、俺はその隣にゆっくりと腰を下ろした。


「ふぅ………なあアリシア、なんで第一王子を奪い取ってまで欲しがるんだ?」


「それは……殿下が私をきれいと言ってくれたからよ。殿下だけが、私をそんなふうに言ってくれる」


 それはまるで、これまで一度も周りからそんな風に言われたことがないと言っているように聞こえる。


 こんな美少女が、たった一人の男、それも王子にしか言われたことがないだと?


 絶世を超えたほどの美しい容姿を持っているのに、考えは小学生並みの「かわいいと言われたい」という理由だったのか。


「………私は、魔法も……剣術も全部が簡単に思える。周りはどいつもこいつも魔法はできないし剣は握ることすらできない。できたって私の足元にも及ばない雑魚ばっか。ちょっと本気を出すだけで相手は泣き叫び私に助けを乞うけど、そんなのどうでもいい。「才能がある」「強い」なんて言葉はもう聞き飽きた」


 周りの人間がみんなして彼女を恐れているから、誰も彼女を可愛いだとか綺麗だなんて言ってこない。


 彼女が怪物めいた力を有しているのはさきほど実体験したばかりだ。


「でも、アリシアがかわいいのは本当のことだ。」


「………ッ嘘をつくなカス、どうせお前も私のことを怪物だとか思っているんだろ」


 うっ……言葉使いが悪すぎて心に響いてくる。


 美少女から罵倒されると嬉しいという噂はわりかし本当だった。


「確かにきみのパンチは骨の芯までよくきいたよ。あと数発殴られていたら死んでたかも。だけど中身はあり得ないくらいかわいい美少女だ。容姿もそうだけど、頭の中はもっとかわいい。かわいいと言われ慣れてない美少女とか最高だろ」


「くっ………そんな、か、かわいいとか沢山言うなっ!」


「あっははは、アリシアが照れてる〜」


「ぬあっ!?て、照れてないっ!!」


「うっ!?」


 横から腹に拳を繰り出され悶絶する。


「ていうか貴様誰だっ!」


「あぁ……そういえば名乗ってなかったね。俺は有村明人、高校二年生だ」


「名乗れとは言っていない!この私に向かって数々の無礼、絶対に赦しはしない───オンカ!」


「ここにいますよ、アリシア様」


 アリシアのひと呼びでこの場に姿を現したのは、いつぞやの偽パーティリーダーだ。


「やあ、少年。やっぱりまた会ったね。さてはアリシア様に馬乗りになられてしこたま殴られたってところかな?」


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