第3話 完膚なきまでの惨敗
「──アリシア嬢、あなたは人にはない特別な才能に恵まれている。何一つ取り柄のない僕から見て、あなたはとても憧れの存在だった」
男とは思えないほど澄んだ美声でそう言った第一王子は、「しかし」と続けて言う。
「いつからかその力に溺れて悪質な行いをするようになったあなたは、もう昔の頃の僕の憧れではなくなってしまった」
「っ……殿下、前に私のことを美しいと言っていたではありませんか。あの言葉は、……」
「当然、嘘偽りない僕の本心から言ったことだ。これは一度も言ったことがないかもしれないが、以前は……その、あなたのことが好きだったのだ」
照れた表情を見せながらも、アリシアへ向かってその想いを告白した。
しかしそれは今となっては過去のものなのだろう。
「あなたは知っているかどうか分からないが、ミーシャはずっと前から僕に好意を抱いていたのだと言ってくれた。王位継承権を持つ第一王子ではなく、僕自身に純粋な感情を向けてくれたのが、僕はとても嬉しかった」
ミーシャとの馴れ初めを、照れながらもしゃべり続ける王子の表情は、終始嬉しさで満ちていた。
「いつしか僕自身も、彼女に惹かれていた。……だからね、アリシア。あなたがどれだけ妨害をしようと、僕とミーシャを引き離すことはできない」
メインヒロインの純粋な好意を受けて自身の本当の思いに気づくことができた主人公。
今も、そしてこれからもその気持ちが揺るぐことはないと、アリシアに対して言い切った王子は、隣の方へと視線を変えた。
「──僕は、ミーシャとこれから頑張っていきたい。彼女と一緒にこの国をより良くしたいと心から思うよ」
「はい……!末永くよろしくお願いいたします、殿下っ!」
馬車の上で改めて愛を誓い合う姿を見せられたアリシアは、依然として表情こそ堂々としているが、一言も発さず黙ったままなのがこの状況の結末を物語っていた。
これは、どうやってもアリシアに勝ち目はない。
ほとんど民衆の姿はないが、それでも公の場にて悪役令嬢アリシアはメインヒロインのミーシャに惨敗を喫した。
「………ッ」
終始無言でいたアリシアは、突然その場から走り去った。
しかし誰も彼女を追うことはなく、アリシアは広場から姿を消した。
「これじゃまるで、悲劇の負けヒロインだな……」
メインヒロインに完全敗北を与えられた負けヒロインが何も言わずに走り去るも、主人公は追いかけてくれない。
そういうとき、たいてい後を追うのはなぜか第三者のなんでもないモブだと相場が決まってしまっているのはよく分からない。
だだっ広いこの場所から走り去り一人になれる場所といえば路地裏一択だが、迷路のように入り乱れた路地から走り去った負けヒロインを探すなんて無謀なことではないだろうか。
「……まあいいっか、立ち位置的には俺はモブなんだろうな」
プレイヤーとは結局主人公でもなければ、主人公に刃向かう悪役でもない。
なんでもない、ただのモブに分類されるのだ。
そんなモブが何をしようがストーリー構成が崩壊することはないだろう。
言うなればいくつものifルートのうちの一つが、負けた悪役令嬢を追いかけるというだけのこと。
路地裏へ入っていき、手当たり次第に探していく。
すると道中で、さきほどの殺人現場へとやって来た。
あの偽のパーティリーダーによって三人が殺されていたが、ここには彼らの死体はなく大量の血痕だけが残っているだけだった。
「っと、急がないと遠くに行かれたら見つけられないや」
血痕の上を飛び越えてアリシアを探しにいく。
薄暗い路地裏でいくつもの分かれ道を手当たり次第に探し回り、ひたすら走り回って走ってその先に、丸まった真っ黒い物体を遠めに発見した。
黒いドレスを着たアリシアが行き止まりになった場所で
「………あの〜……、大丈夫ですか?」
「……ッ!」
俺の声にビクッと体を震わせたアリシアが勢いよく顔をあげた。
顔を赤くして目から涙がボロボロと零れ落ちている姿がそこにあった。
「っ………誰だ、おまえ………!」
ぐしゃぐしゃになった顔で睨みつけようとするも、溢れ出す涙を抑えきれずにいる。
再び俯いてしまい会話する機会を逃してしまった。
泣いている女の子にどう対応するべきなのか、一切の経験がない俺にはどうすることもできない。
ふと頭に思い浮かんできたのは、「どうしたん話聞こか?」という伝説のかけ言葉だけ。
「……見事な負けっぷりだったな、アリシア」
「ッ……」
反応した。
「ていうか……好きな人を奪い取るにしても他に方法があっただろ」
いきなり襲撃をかけるなんてこの世界はぶっ飛んでるな。
「…………好きじゃない」
「えっ……じゃあもしかして王子の王位継承権を狙ってたのか?」
俺の問いに何も返事をすることなく無言のアリシア。
「はぁ………それは勝ち目ないわ。メインヒロインは純粋な好意を持っていたんだし、王子もそれが分かったから好きになったんだろ。そりゃ勝てな───……ブヘッ!」
いきなり顔面を殴られたのか、気がつけば後方へ吹っ飛んでいた。
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