第2話 悪役令嬢を見つけた
異世界というよりは、まるでゲームの世界に飛び込んだかのような感覚だ。
となると俺はゲームのプレイヤーとしてこの世界にきて、ストーリーに沿って進んでいるということだろうか。
視線の先で一際豪華な馬車に乗って民衆に手を振っている男がいる。
彼がおそらくこの国の第一王子であり、そして隣に座っているドレス姿の女はメインヒロインの侯爵令嬢というわけか。
「ふむ……となれば主人公はあの王子なんだろうな」
主人公とメインヒロイン、これはもう物語的に考えて結ばれることがほぼ確定していると言っても差し支えないだろう。
二人はすでに婚約者の関係にあるわけだし。
……とはいえ、ここでゲーム内のイベントが起きることが分かっている。
あのパレードを邪魔するヒロインの公爵令嬢の存在だ。
どのタイミングで現れるのかは全く分からないし、何をする気なのかも分からない。
プレイヤーである俺だけが公爵令嬢が現れるということを知っていて、主人公とメインヒロインを含めたここにいるすべての人が、起こる未来を知らない。
そのことを彼らに知らせる……というのは普通になしだ。
まず手前に控えている護衛の連中に不審人物としてボコボコにされることくらいは分かる。
あとは、俺自身がこのストーリー展開を待ち望んでいるからだ。
主人公たちとメインヒロインの幸せを妨害する恋敵のヒロイン、彼女が果たして負けヒロインなのか、それともメインヒロインから主人公を奪うのか。
主人公はどちらを選ぶのか、実はメインヒロインよりも公爵令嬢の方を好いているという驚きの展開もあり得るだろう。
「んー……パレード中に妨害するかしないかも分からないからな……」
パレードを見守っていたところで、このままつつがなく終了してしまえばどこで妨害行為が入るか分からなくなってしまう。
──ドンッ
「あっ、ごめんさい……───」
俺の肩と人の肩がぶつかった。
反射的に誤ってしまったが、俺はこの位置から一歩も動かずにいたため、向こうからぶつかってきている。
灰色の布を全身に被った不気味な人だ。
そんな風に見ているとこの人の頭上になにやら緑色の球体が浮かんでいることに気が付いた。
「あ、あの──…」
呼び止めようとするよりも前に、どこかへ走り去ってしまった。
ぶつかったことへの謝罪の言葉もなく無言で通り過ぎたことに若干の不快感を覚えつつも、あまり気に留めずにいた。
その時だった。
突然パレードの中心後方から巨大な炎の柱が昇った。
深紅色に燃え盛る炎が天高くまで伸び、直後に重く低い爆発音が一帯に鳴り響いた。
パレードを観覧していた人々は一瞬にして大混乱となり、爆発した位置とは反対の方向へ逃げようとする。
俺はその中を死に物狂いで逆方向へ突き進み、パレードの中心へと向かった。
これは間違いなくヒロインによる妨害のイベント発生だ。
「──殿下、ご令嬢!ご無事ですかっ!」
「ええ、かすり傷一つありません。防御魔法ありがとうございます、団長さん」
主人公とメインヒロインが乗る豪華な馬車には焦げた跡すらない。
「本当に……ご令嬢のおっしゃる通り襲撃されるとは………いったいどこの輩だ」
初めからメインヒロインは妨害されることを知っていたのか?
炎の柱が発生した位置からコツン…コツン…と歩きよる一人の人物がいる。
灰色の布で全身を覆った、さきほど俺にぶつかってきた人だった。
まさか──…
「……どうしてこのような事をするのか、お聞かせ願えますか?」
メインヒロインのその言葉とともに、全身に被った布を地面に投げ捨てたのは、ドレス姿の美少女だった。
全身が黒で統一された、一見地味なもののように見えるが、その実あらゆる部分に豪華さが際立っている。
間違いなく、あの美少女がパレードを邪魔する公爵令嬢だ。
侯爵令嬢であるメインヒロインの口ぶりから考えて、王族にもっとも近しい貴族階級である公爵の令嬢だ。
「──お前は今すぐここで死ね、ミーシャ。その方と結婚するのはこの私だ」
堂々たる立ち居振る舞いでそう言い放った。
狙いはメインヒロインから第一王子を奪い取ること。
お決まりの主人公を巡っての争奪戦だ。
「あなたの言いなりになるとお思いですか、アリシア殿。私が何度あなたから嫌がらせを受けたのか……当然あなたはそんなことすら気に留めていないのでしょう」
「……豚が私の踏み台になることは至極当然のことだ。可愛がってあげたことは忘れてないよな?ほらぁ……前みたいに鳴いてみろよ、ブヒって」
「言いません……!私はもう、前とは違います!」
純粋な感情で反論するメインヒロインと、えげつない言葉を連発するその姿はもはやゲームの中の悪役だ。
悪役令嬢と言えば、たいていのストーリーではメインヒロインに負ける運命にある存在と認識しているんだが……あの女はさきほど負けフラグをあげてはないだろうか……。
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