第11話 可能性は枯れない

 悠里の待ち伏せ、離脱と狙撃地点の変更は想定内。クレイモアの作動で戦闘推移は描いたシナリオ通りに進んでいる。


 しかし咲良はその攻撃をも交わした彼の冷静さに案じていた。


 精確無比な射撃は言わずもがな、初戦の時より洗練された俊敏さと直感の鋭さは今までに出逢ったプレイヤーの中ではずば抜けている。かつて組んでいた狙撃手なんて比ではない。


 勝つことへの執念が彼を掻き立て戦わせる。そこまでして私を率いれようとする。そのうちに彼の術中に呑み込まれてしまいそうで恐ろしい。


 狙撃銃では圧倒的に不利なCQBエリアに踏み込んでもなお諦める素振りすら見せずに立ち向かってくる。


 壁に塞がれ入り組んだ通路での戦闘。サバゲーに足を踏み入れたときから幾度となくこなした状況だ。


 誰にも負けない一番得意なシチュエーションで戦況も有利なはずなのに、今日だけは嫌なほど神経を使う。


「そろそろ降参しませんか?」

「しないよ。疲れてきた?」

「そんなわけないじゃないですか。ただ、あまりに惨めだなって思ったからです」


 惨めと口にしたとき、三発の連射が轟き身構える。 


 しかしこちらに向けられたものではなく、直後のビープ音で地雷を解除したのだと気づく。それはまるで罵倒を掻き消そうとしているようだった。


 これで「はい降参です」なんて言う相手でもない。言葉や動揺で油断を誘えないことは始まる前からわかっていたこと。


 だがそろそろ疲れた。もう終わらせてしまおう。咲良は勝負を決するためにグレネードのピンを抜く。


 着弾と同時に回転、中に装填された150発の弾丸をガス圧によってまき散らす閉鎖空間では最も厄介な兵器の一つ。


 けれどこの膠着し始めた状況を打破するため使うことは読まれている。安易に交戦距離を詰めさせていないことがその証明だ。


 グレネードを自爆しない安全な位置へ投てきし、一気に通路を走り抜ける。地に接触した瞬間、フィールド全体がけたたましい破裂音に包まれた。


 何もかも掻き消したその音の狭間で、咲良は悠里の背中を捉えようとする。仕掛けてきたことには気づいていたが、まさかグレネードを陽動に使った作戦までは思いつかないはずだ。


「背後、いただきます!」


 背中がガラ空き。こちらの撃発にも気づく素振りはない。


 勝った。これでようやく解放される。


 けれど表情は嬉しさと悲しさが混じった泣き顔になっていた。


 弾丸が放たれる。涙で揺れる視界に真っ白な弾丸の軌跡が描かれていく。


 着弾まで数秒。その数秒が長く、静かに感じた。

 だがそれは彼に届くことはなかった。寸前、頭を僅かに前へ倒して翻す。


「なんで」

「見えるんだよ。全部」


 呟いた途端、ライフルの照準を一瞬で合わせて射撃。こちらの予測を逸して咄嗟に自分の相棒を盾にした。


「ごめんなさい!」


 視界上でライフルのシルエットが赤く色づき、引き金がロックされる。


 236では部位ヒット判定を採用しているため、武器や装具に被弾すると使用不可になる。


 サイドアームは持ち合わせていない。残る武器はナイフだけ。


 火力は大幅に削がれたけれどまだ戦える。

 ラバー製のカランビットナイフ。普通のサバゲーならナイフアタックはご法度で勝負はついていたが、236ではこれにも当たり判定がある。


 そして一撃必殺の武器にもなる。


 一息を置いて、中央の櫓に退こうとする悠里を目掛けて一気に駆け出した。


「ふぅー」


 吐息に合わせてトリガ。だが壁を蹴って宙を舞い避ける。


 バリケードの間を三次元的に動き回る。まるで弾丸の方から遠ざかっているようだ。


 射撃精度が乱れ始め、交戦距離も詰まっていく。

 もう少し。その首筋にこの刃を突き立ててやる。十字路を挟んだ二人の距離は遂に三メートルと縮、咲良は執念を両足に込めてナイフの刃を突き立てながら悠里に飛び掛かった。


「貰いました!」


 悠里のライフルは弾切れで腰からハンドガンを抜いている。その照準よりも断然早く切り裂く。


 二、三発の本能射撃はやはり股下を通り抜けて空を切った。


 刺さるっ! 首元へ向かう刃先を見て咲良から笑みが溢れた。


 だがそれを打ち消すようにビープ音が2つ。残り数センチのところで優しく叩くような柔らかくて細かい痛みが左半身を駆け巡る。


 視界一杯に赤が広がってフィールドにブザーが鳴り響く。悠里を下敷きに倒れ込む。

 一体何が起こったのか。咲良は現実に目を凝らすのだった。

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