第12話 計算づく

 敵の対人地雷で相手に仕掛けるという、一か八かの戦術はまるで計算され尽くしたかのように決まった。


 首元まで残り数センチのダミーナイフを傍目に、悠里は庇うように抱いていたライフルから両手を離した。


「なんで私……負けたの」


 失意に満ちた咲良の表情に勝利した達成感が薄らいでいく。


 こちらが勝ったら236部に入ってもらう。そんな束縛が気まずさを生むのだろう。


 釈然とせず放心状態の彼女に悠里は苦笑いを含みながら答えた。


「クレイモアだよ。櫓に通ずる道に仕掛けてたでしょ? アレを利用した」

「利用したって……奥の角から射線しか通ってないんだよ? センサーの誤作動だってそうタイミング良く起こるわけ」

「誤作動じゃない。あの作動は俺が起こした」

「起こしたってどうやって……?」


 そう問おうとした咲良だったが、何かが頭を過って目を泳がせた。


「まさか、あのとき3連射したのって」

「ご想像の通りだよ。君の左側に設置されていたクレイモアを起爆させたんだ。ハンドガンの跳弾をセンサーの探知範囲に撃ち込んでね」


 淡々と説明されるが、驚異的な射撃精度に咲良は絶句した。


 化け物。そう畏怖して訝しげな眼を向けると、彼は苦笑いで応じる。


「でもセンサー式じゃなかったら正直危なかった。ビープ音があったから気づけたけど、ワイヤー式とかスイッチ式だったら最初のクレイモアを踏んだ時点で負けてた。反省点かな」


 まさか屹立するバリケードを蹴っての空中機動すりとは想像もしてなかった。


 でなければ最初から勝負は見えていた。


「全部分かってたんですね」

「何がだい?」

「私の作戦も、私が何に怖がってるかも」

「一対一、タイマンだったから持ち前の速さで翻弄してくることはわかってた。弱点はこれと言って片岡さんにはないと思ったけど、君は弾丸が飛んでくる方向やこちらの動きを予測してるわけじゃないんだね」

「そんなことできません。超能力者じゃありませんし……」


 十二分に人間離れしてるけどと、野暮なツッコミは喉元で抑えた。


「でも場数が俺とは段違いってのは戦ってわかったかな。こっちの狙撃位置をある程度推測して動いてし、バリケードを足場にして空中移動してくるなんて考えらんないよ。どんな隠し玉だよって」

「弾は音速じゃありませんし、発射されてからでも避けられます……でもあの至近距離で背後の弾を避けられるのは」

「あれは……妹の、銃の声を信じた。それだけだよ」


 咲良の中で靄が晴れるように疑問の答え合わせがされていく。


 けれど決定的な部分が欠けていた。


「教えてくださいよ……どうしたら人を信じられるのか」


 彼女の真剣な声色が表情を硬くした。


「直向きに戦って強くなっても仲間から裏切られない、相棒から捨てられない方法を教えてください」


 そんな一言で彼女に何があったのか大体の想像はついた。


 敵にしたらこんなにも厄介な頼もしいアタッカーを捨てるなんてどうかしている。悠里の心にまず浮かんだ感情は、彼女を捨てた奴への辱めだった。


 けれど現実は強者を認める人間だけではないことを知っている。強さを渇望する者や羨望する者には絶対的な力を持つ咲良が妬ましいことだろう。


 言葉では認めていようとも、その実で誰もがそうなれると信じて現実に打ちのめされる。いくら努力しても届かない壁がそこに現れ、立ちはだかり挫折する。


 それがたまたま咲良だったというだけのこと。


「……自分が不甲斐ないと思ってる?」


 俯く彼女はコクコクと頷く。


「そう。もし本当にサバゲーから、236から離れたいなら無理強いはしない」

「……約束は反故にしたくない」

「それは入るって返事でいいのかな?」

「でもどうしていいのか分からない。怖くて、けどまだ止めたくない。ライフルが撃たれてごめんって言った理由が分からない。貴方が私に執着する理由も。私にそこまでの信頼を置くのも、分からないから」

「どうしたらいいって指南とかはできないけど、でも一つだけ言える。どんなに裏切ら手も足掻くことかな」

「足掻くこと?」

「そう。誰にも負けたくない、絶対に勝ってやるって足掻くことが人を信じる心を大きくさせるんだと思う。言葉より行動っていうのかな。現に片岡さんなら絶対入ってくれるって信頼みたいなものが心の何処かにあったのかもね」


 あのとき芽生えた気持ちはまだ燻っていて、入学してからは日に日に大きくなっていった。


 けれど望むものはすぐにどこか遠くへ行ってしまう。悠里は人生を振り返りながら常々感じていた。

 諭すように悠里は呟くが、咲良の表情は釈然としていなかった。


 だからこそ勝利に拘った。チャンスは全身全霊で掴みに行かなければ逃げていくものだと知っているから。


「入ることは約束したので」


 煮え切らない返事だったけれど悠里からは満面の笑みが零れた。


「これからよろしく」


 差し出した手に咲良は躊躇い気味に応じて、一騎打ちは幕を閉じた。


 その握手が苦難の始まりであり、ラプア達『ドゥーガルガン』の運命も変えていくことになるなどとは、まだ誰も知らない。

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