第10話 サクラのドライブは三分咲き

 城西高校の地下に存在するコンテナとトタンの櫓で構築された市街地フィールド。3本の大通りから派生する幾本の小道に四つ角と中央で聳える櫓はマップ全体が見通せる。


 当然ながら死角もあり、中央付近には天井が剥がされたコンテナとベニヤ板でCQBエリアが構えている。


 悠里はスタート地点からさほど遠くないマップ端の櫓の3階に陣取った。


「リコ、背後は任せた」

「任された」


 ラプアに背後の警戒を任せて櫓の最上階で寝そべり、狙撃に全神経を集中させる。


 AXMCに限らず、ボルトアクション狙撃銃で正面切っての撃ち合いは不利だ。連射性に勝る咲良のAR−15によって忽ち蜂の巣にされてしまう。


 相手の得意なレンジに持ち込む必要はない。じっくりとこちらの領域に彼女が踏み込んでくるのを待つ。


 その前に何か仕掛けてくることは容易に想像できるが、下手に手出しはできない。


 狙撃の端で考えを巡らせていた数分間。沈黙には吐息だけが流れたが、咲良の策はすぐに牙を向く。


「ターゲットインサイト」


 距離は約70メートル。視野に咲良の黒が入り、レティクルのやや下方に捉える。


 肺から撫でるように優しく息を吐いて引き金を引く。不可視レーザーによる測距で計算された威力は最適な空気圧を導き出し弾丸を押し出す。


 鮮やかな弾道を描いた純白の弾は悠里が指し示した標的へと向かっていった。


 咲良は当然、その射撃のタイミングを掴んでいた。か細くアリの声のような銃声だったが一対一のここでは際立っていた。


 きめ細かい純白の弾丸を捉えて涼しい顔で避ける。だが想定内だと次弾を装填して撃ち続ける。


「まさか真正面から来てくれるとは」

「乗せられるなよ。向こうは動きが早い」

「知ってるよ。仕掛けてきたら動く」


 悠然と着実に一歩ずつ踏みしめながら飛んでくる弾丸を物ともせずに翻す。その余裕はまるでこちらを挑発しているようにも取れた。


 50,40と距離は詰まっていく。マガジンを丁度一つ切らしたところで、咲良が走り出した。


「来るぞ悠里!」

「わかってる。とっととトンずらするよ!」


 階段を下って櫓から真っ先に逃げ出す。


 櫓の下からジリジリと突き上げられるのは負け方として最悪だ。火炙りにされるみたいで気分もあまり良くない。


 まだ櫓は三つある上、こちらはスナイパー。体力や集中力の錬成は中学時代に死に物狂いでやった。

 日が暮れても戦い続けられる意思もある。持久戦ならこちらに分があるはず。


 けれど咲良はまだ一発も撃っていない。被弾しなければ負けはしないが、撃たなければ勝てもしない。


 小道に入った瞬間から咲良との30メートルまで縮んでしまった。悠里はハンドガンにトランジションして連打を叩き込む。


 通路目いっぱいの弾幕ならば必中――などと甘い考えはすぐに裏切られる。


 咄嗟に飛び上がると両壁を蹴り上げて跳躍。天井の光に身体を被せて影を作る。


「アリかよそんなのっ!」


 滞空してる隙を突いて一目散にその場を離れた。


 しかし彼女の回避挙動は常識を軽く超えていた。

横回転を交えたバク宙や壁伝いに空間を走ったりを涼しい顔で繰り返す。背中に翼でも生えてるのか、立◯起動装置でもついているのかといった具合だ。


 全速力で次の櫓を目指していたが袂へ到達した折、そんな冗談は足元のビープ音に打ち消された。


「悠里、ジャンプだ!」

「へ?」

「足元、クレイモア!」


 その単語に身体が無意識に前へと飛び込ませた。直後、さっきまで立っていた路地を無数のBB弾が埋め尽くす。


 地上設置型の対人地雷『クレイモア』。実物は地上に設置し、無数の鉄球を炸薬でまき散らして敵を排除するもので、236やサバゲーでも同様にBB弾をまき散らす固定兵器だ。


 背筋が凍った。追い立てるようにライフルの銃声と叩きつけるBB弾の殴打が耳元で嘶く。


 こちらの手は完全に読まれてる。恐らく他の櫓の袂にと同様に侵入を阻むクレイモアが仕掛けられているはすだ。


 あのバックパックを持ち出した理由にも合点が行き、内心では感心していた。


 すぐさま別方向に避退した悠里は大通りの端のバリケードに身を寄せた。


「リコ、彼女の足音を捉えられるか?」

「今やってる……九時方向っ!」

「もう回られてるのかよっ!」


 牽制で一発撃ち込み、さらに逃げる。


「ちょこまかと逃げ回って……度胸のない人ですね!」

「不利な戦いはごめんだからね。悪いけど勝ちに行ってる」

「乗せられるな悠里」

「わかってる」


 答えながらも冷静さは崩さず、一定の距離を保つ。


 しかし悠里は挑発の真意に気がついていない。声を発すれば敵に位置を悟られ、それが彼女の狙いであるとラプアは見抜く。


「全く張り合いがない。もうちょっと強いと思ってたのに」

「口を開くなよ悠里。こっちの位置が悟られる」

 危惧するラプアに悠里は小声で語り掛ける。

「敢えてだよリコ」

「敢えてだと? 位置を晒し続けるのは危険だ。敵の意識外から」

「多分、片岡さんにその手は無駄だよ。初撃で分かった」


 ラプアから訝しげな視線を向けられている気がした。


 まるで勝負を投げたのかと責め立てるような瞳。アイレリーフの端に映る妖美な彼女の顔がそう訴えかけている。


「だからって負ける気はないよ。そのために一つだけお願いしてもいい?」

「……まぁ聞こう」


 不敵な笑みで策を語る悠里。


 突拍子もなく浮かんだ思いつきの作戦。成功する見込みは限りなくゼロに等しく、咲良もそれを想定して動いているはず。


 無茶ではあった。それ以外に勝てる見込みがある作戦は思いつかない。

 やはり自分一人では頼りない。そうラプアは改めて自覚させられる。


「やっぱり私一人では生き残れそうにないな」

「謙遜しないでよ。俺だって、リコがいなかったら……」

「まぁ信じてやる。だから私のことも信じてくれ。お前に付き従うドゥーガルガンとして」

「詩人みたいに格好つけるねぇ」

「なっ……雰囲気を出そうというのにお前というやつは……あとで五十鈴に言いつけて、とびっきり可愛らしいメイド服を着させてやる」

「言ったな……ぷすっははははは」


 湿っぽい言葉は喉の奥に押し込んだ。立ち上がり覚悟を決めてラプアに告げる。


「さて反撃開始だ」

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