第9話 筋肉はすべてを吹き飛ばす

 決闘当日。


 部員獲得を名目に部長の涼に地下フィールドの使用許可を申し出ると、二つ返事で快諾してくれた。


「新しい部員が増えるなら大歓迎だ」


 既に勝った気になっていたことは敢えて突っ込まなかった。上級生の練習を中断して催してくれるというのだから尚更負けられない。


 悠里は灰色を基調にした都市型迷彩の装備を纏い、彼女が現れるのを静かに待っていた。


 静かに開いた地下への扉。降りてくる足音は重たく、心霊スポットにでも入ったかのような足取りだった。


「約束通り……来ましたよ」


 正対する咲良はサバゲーの時の明るさとは打って変わって険しい。


「レギュレーションは『236』の殲滅戦、跳弾ヒットはなし。盾、武器の使用制限、弾数制限もなし。これでいいかい?」

「はい」

「片岡さんが勝ったら付き纏わない。俺が勝ったら236部に入ってもらう。これで間違いないかな?」

「異存ありません」

「分かった。さっそく始めよう」


 やり取りを見守る部長の涼に視線を送って、悠里はライフルの準備を始めた。


「勝てる見込みはあるのか?」

「やってみないとわからないよリコ。けど一度やって相打ちだから、勝算があると問われると怪しい」


 レーザーユニットをラプアの20ミリレールに取り付けながら答える。


 フィールド随所に配置されたカメラが起動すると、セーフティーや管制室に観戦と判定用の映像が点く。屋外フィールドではドローンが判定と観戦用の映像撮影を担うが、こうした屋内では固定カメラの方が安く済む。


「……悠里は正直すぎる。嘘でも『俺に任せておけ』くらいは言ってほしいものだ」

「素直なのは認める。嘘はつけない。嫌いだからね」


 冗談一つ言えない余裕の無さは自覚している。


 けれど咲良は今までの相手とは明らかにレベルが違う身体の震えは恐怖からなのか戦いの興奮からなのか分からないが、辟易していては勝てる戦も落とす。


 両頬を叩おて気合を入れ直おすと、ゴーグルを掛けてチョーカーのスイッチを押した。


 青白いラインは表皮を這うように全身に広がると、指先やつむじで反転して再び首へ収束する。仮想センサーが悠里の装備、肉体を認識してゴーグルにその情報を投影する。


 ライセンス認証――グリーン

 武装―――――――グリーン

 レギュレーション―236

 レーザーユニット―グリーン

 ルール――――――殲滅戦


 各種情報が全て表示されるとReadyの文字と共にプロセッサーが待機状態に移行する。


 被物理仮想センサーによるヒット判定とレーザーユニットの測距による交戦距離の延長。最初はこの青い光に身体を這われることに物怖じしていたが、もう慣れてしまった。


 ラプアを手に取りスリングスイベルへ装着。フィールドインの準備が整ったところで背後が何やら騒がしいことに気づく。


 後ろでは咲良が銃の準備をしているはず。そんなに彼女の銃が物珍しいのか。


 気になってしまい、思わず振り向く。


「なっ……」


 そこには色白の肌と適度に膨らんだ胸、ピンク色の下着に身を包んだ咲良が、何食わぬ顔で着替えていた。


「ちょ、ちょちょちょ片岡さんっ!」


 面を喰らって後退り、目線を慌ててそらす。当人は恥じらうこともなく、むしろ何を恥じているのかと惚けていた。


「なんです?」

「社会的に殺す気か俺を!」


 紅潮する頬と見てはならないと理性では語りかけているが本能には抗えず、視界の端には映り続けている。


 心は動揺しっぱなしで落ち着かない。どうにか頭から離そうとしていると、咲良がその視線に気がついて追い打ちを掛けようとする。


「……変態」


 この際、果たしてどっちが変態なのだろうかという冷静な指摘は片隅にもない。だが彼女の正面が見えたとき、その動揺が一気に収まったのだ。

 それもそのはず。ありきたりな罵倒よりも鮮烈な肉体がそこにはあったからだ。


「どうしました?」


 先程の恥じらいはない。それもそのはずで、まさかこんな華奢に思える少女から六つに割れた腹筋が登場するなどと誰が予想していよう。


 堅牢な太腿、伸びた背筋に纏わる背筋。動かすたびに拍動する無駄のない肉体。


 屈強な身体を目の当たりにして自然と戦闘モードに切り替わった。そのおかげで冷静な思考も舞い戻ってくる。


 深呼吸を一つ、ベストのポケットから弾倉を取る。


「行くよリコ」

「存分に暴れてくれ悠里」


 ラプアのグリップに拳を突いて呟くように言う。


 咲良も準備が整って目線が合う。互いに持ち寄った装備をじっくりと見つめる。


 トレンドマークとも言える黒一色の装いに、背負うのは中型のバッグパック。AR−15系のカスタムで光学機器は実銃にも載るSIG社の実物。以前と大差はないが、ハンドガンの姿が見えない。


 どこに隠しているか、リュックの中にあるのかと気掛かりだったが問うても答えるわけがない。ひとまずフィールドへ入ってスタート位置へ立った。


「ルールは殲滅戦。弾数、武器の制限はなし。カウント始めるぞ!」


 フィールド全域に響いた涼の合図に二人は構える。


 カウントダウン。ゼロの瞬間、コンテナの積まれた地下フィールドを疾駆した。

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