第19話
「お前が見せたかったものは、あれか?」
「少し違いますが、一端はそうです」
「なぜ仙女が地上にいる」
「……お分かりになりませんでしたか」
「?」
未熟な仙女が地上にいることで、何を分かれというのか。
眉をしかめた
「何。お前はそれを兄貴に見せて、何をさせて―の」
「隆虎?」
隆虎には
ただしそこには苛立ちが見える。分かり切っていた、しかし解決する術がない残酷な事実を改めて直視させられたときの無力感と不快感だ。
「どういうことだ?」
「つまり、アレは逃げ出した仙女だったって事だよ」
「それは分かっている。軽くはない罪だ」
仙人や仙女の多くは互いが結ばれて仙界にて生まれる。しかし稀にではあるが、地上で呪力を持って誕生してしまうことがあるのだ。
ときには自然の理すらも覆す力を持つ呪力は、力無き者たちの中で振るうには許されざる強大な暴力。
まだ仙界が確立していなかった時代には、抗う術を持たない無辜の民に暴虐の限りを尽くした術者もいる。
だからこそ、力は仙界にて管理されなくてはならない。互いのために。
「……あー、あのな……」
「はっきり言え。構わん」
隆虎がこうして何事かを隠そうとするのは、今回度々見てきた。そしてそれは、大概好ましくない事だった。
「心配ない。本当に俺に知らせたくない事ならば、煌様は俺がこの任に就くことを許しはしなかった」
「うんまァ、そうかもなー。知ってればなー。
「予想はしておられるだろう。案ずるな」
「……」
確信を持って断言をした狗侯に、隆虎と犬寿は押し黙る。
「何だ?」
「いや、何つーか……」
煌天君は確かに仙界の主で、下界を見渡す広い視野を持っている。しかし、完璧に全てを把握できるわけでも、一人で何もかもの対処をしているわけではない。
「あ、あのな、兄貴。煌天君だって完璧超人じゃねーのよ。できねーこともあるよ?」
「そんな事は分かっている。だから我々獣神将が煌様の手足として動いているんだろう」
「あぁ、うん。そうだな……」
その通りなのだが、どうしても隆虎は狗侯がそれを本当に理解している、とは思えなかった。
「それで、何だ」
なおも口が重い隆虎に代わって、犬寿の方が話を継ぐ。こちらは狗候に訴えることを選んでいるため、迷いがない。
「多くは実行しませんが、地上への思慕を断ち切れずに戻る事を考える人間は、決して少なくありません」
「なぜだ?」
「個人の事情が無視されるからです」
「それがどうした。当然のことではないか。そもそも、別れを惜しむ時間は十分に与えられる。無視をされるとまでは言えまい」
犬寿の説明にも、狗侯はただ不可解そうに疑問を口にしただけだった。
「いや、でもさ、兄貴……」
「放っておけば、御せなければ己の周りをこそ傷付けかねん力だ。それを扱う術を学びに行くのに、何の否がある。仙界で学び、その力の程を知れば尚更。今度は人の世に関わるべきではないと分かるだろう」
「……」
教本通りの答えそのままを、狗侯は口にした。
いや、口にしただけではない。狗侯はそれを心の底から当然だと思っていた。
「己が犯すかもしれない罪を思えば、何を厭うことがあろうか」
「兄貴は、そうだよな」
狗侯の本気を悟って、隆虎は複雑そうな表情でうなずく。
「お前は違うというのか?」
「俺はね。地上に大切なもんなんかなかったから。未練も何もなく二つ返事よ」
「私は……多少の心残りはありましたが、それよりも大兄が言った気持ちの方が勝りました」
「そうだな。お前たちがそうであることは分かっている。愚かな事を言った。許せ」
今は
「いいえ。私にはその問いに是と答えることがもうできません。今の私は彼女と同じですから」
術こそ使っていないが、仙界で得た知識を人の世で使っていることは同じ。人の世に深く関わり、居座っていたのも事実だ。
「……。そうだな。お前はそうだ」
一度は仙界の規則に納得し、従っていた。そして獣神将という誉れの役割を得た。なのに、禁を犯した。それが狗侯には不思議だった。
「や、そこまで言うことはねーんじゃねえかな。お前の場合は『愛ゆえに』だろ。感情って理屈じゃねーからさ、うん」
「……」
慰めるように言った隆虎に、犬寿は小さく、申し訳なさそうに笑みを浮かべる。
「で、逢鈴はどうなのよ」
「……分かりません。そこまで踏み込ませてもらえる関係ではなかった。しかし仙界を恨み、地上に愛着がないのは確かです」
「ますます分からん。愛着もなく、なぜ地上に戻った」
「さて。そこん所は本人に聞かねーとね」
愛着はなくとも、執着はあるのだろう。
いずれにしても本当の心は本人しか知り得ない。
「そうだな」
隆虎と違いあまり想像を好まない狗侯は、あっさりと逢鈴の心情を求めるのを止めた。
ここでどう語り合ったところで、答えは出ない。正解を導く方法が他にあるのに、無駄になるかもしれない思索に意義を見出さないのだ。
「では、行こう」
貴晶と逢鈴による事件だということははっきりした。元凶が分かっているのなら、動くのに迷う必要はない。
「しっかし、逢鈴は何のつもりなのかねェ」
「だから、それを確かめるんだろう」
「や、そっちじゃなくてさ。あの箱、空じゃん?」
「ああ」
器を失った魂を現世に留める邪法は高度なものだ。少なくとも仙女崩れに使える術ではない。逢鈴が貴晶に見せた箱の中身は、空だ。
そこに翠蓮はいない。彼女は運命に則り、天へ昇った。
「そんな嘘で、元獣神将の犬寿を騙せるとでも思ってんのかね」
「思ってはいないでしょう。逢鈴はそこまで愚かな女ではない」
「だったら、なぜだ?」
役に立たない牽制を、逢鈴は一体何に使うつもりなのか。
犬寿に対する策でないとすれば、逢鈴がそれによって騙したのはただ一人。
「もう、叶っているのかもしれません」
「もう? ……公主か!」
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