第11話
「普段はさ、忘れてたって別にいいんだよ。実際、関わり合いになる関係じゃねーんだし。けど、邪道に堕ちた奴には思い出してもらわねーとな。俺たちの目は誤魔化せねーし、許しもしねーって」
人の目は掻い潜れても、仙界の目は見逃さない。
「ああ、その通りだ」
「……ところでさ、やっぱあの薬師は前任の獣神将だったんだ?」
「間違いない」
改めて確認してきた
宴席で遠くから見かけただけのときとは違う。間近で見て、話までした。当人はこの期に及んで空とぼけていたが、狗候には確信がある。
(
それでも認めなかったのは、
「俺は獣神将だった頃のそいつを見たことねーけど、人間らしくねえ澄んだ神気だってのは分かった。しっかし本当、こんな所で薬師とか。何やってんだろうな?」
「しかもあの公主を訪れるなど」
「だよなァ」
そして仮病であれば、わざわざ薬師を呼ぶ必要などないはずだ。ならば逆を考えることもできる。
狗候たちの訪れにも言い訳として使えたのは偶然で、元々薬師を呼ぶために仮病を装ったのかもしれない。
(犬寿……。貴様、一体何をしている?)
獣神将が死亡以外でその任から外れることがあるのだということにも驚いたが、それより、貴晶と関わっていることの方が衝撃だった。
(犬寿が、公主にまとわりつく死臭に気付いていないとは思えん)
ならば承知の上で貴晶と共にいるのだということになる。
それもまた、狗侯には信じ難かった。
(犬寿は心優しく、一途な将だった。
信じていたがゆえの落胆もある。同時に悲しくもあった。
だからこそ腹立たしい。
「でももう動揺すらなく兄貴に嘘を付き通そうとしたぐらいだ。口を割ってくれるかどうか微妙そうだぜ?」
「そうだな。一度周囲に人がいない場所で会う必要がある」
それでも誤魔化そうとしてきたら――許すつもりはない。力尽くでも吐かせるつもりだ。
「一緒に行動してるなら、公主を探って行きゃそのうち何してんだかも分かってきそうな気もすっけど」
「ああ」
ただ、物凄く低い可能性ながら関わっていない可能性もまだ存在している。
その場合でも、勝手に獣神将の役目を放棄して何をしているのだと、そちらの方は問い質さなくてはならないが。
そして明らかになった答えが、明確に煌天君を裏切るものであるならば。
(その首、俺が必ず叩き落とす!)
一度でも仙界に籍を置いた者が王を裏切るなど、断じて許されることではない。
「まーた物騒なこと考えてんだろ」
「物騒なのは否定しないが、当然の制裁だ」
「否定しないのね。つーか制裁って、どうすんのさ」
「斬る。逃亡の罪は重い。ましてや重臣の座にあればなおのこと。お前の時代でも同じだろう」
担っていた役目が重要であるほど、責任も重い。どれだけ時代が変わろうが、その比率が変わることはない。
「それはそう。まして裏切ったところで得た知識を使ってたらますますだね」
「……昨夜の邪妖か」
「そ。人間にも大した術者がいたもんだと驚いたが、同じ獣神将だったってならむしろ納得するし。スッキリだね」
「そうだな……」
思念だけで邪妖として形を維持させることも、気配を隠して近付かせ、襲撃させることも。
犬寿であれば可能かもしれない。狗侯は苛立たしい気分で同意した。
一度そうと思ってしまえば、それしかないような気にさえなってくる。
(仙界で学んだ知識をこのような邪術として扱うなど、断じて許されん!)
「ま、それはともかく――まずは王から行ってみようか」
狗侯の憤りが新たに沸き上がってきたのを横目に、隆虎はそう話を戻した。
「どうぞお入りくださいませ、獣神将様」
蒼国主・
とはいえ褒めるようなことではない。それはごく当然の対応のはずだった。
自身の国を護るため、という意味でも。
通されてきた狗候たちに上座を譲り、自身も改めて腰を落ち着けた可瑛は話を切り出す。
「お待たせいたしました。何事かございましたか?」
「ああ。調べたい相手が……」
早速本題に入ろうとした狗侯だが、部屋の中にもう一人、見知らぬ人間が残っていることを不思議に思って言葉を切る。
すべて白くなった細い頭髪を上品に結いあげた、穏やかな風貌の老貴婦人だ。
狗侯の視線に気が付き、老女は深々と礼をした。
「お初にお目にかかります。獣神将様。わたくしは皇太后、蒼
「そうか。……あまり、具合が良くないようだが」
翠蓮の体内を巡る気の流れは、著しく乱れていた。
態度も姿勢も毅然としているが、内側の痛みは誤魔化せまい。
初見で看破されたことにも翠蓮は動じることなく、ごく穏やかな表情のまま肯定する。
「はい。間もなく天寿を迎えることと存じます」
翠蓮の言葉に揺らぎはない。己の死期と真正面から向かい合い、そして受け入れた末の穏やかさだ。
「楽にしていていいぞ。苦しいだろう」
「いいえ。腕の良い薬師がおりますれば……。獣神将様方にお見苦しい様を見せずに済んで、幸いに存じます」
「何……?」
翠蓮の言葉に狗侯は戸惑う。そして一時大きく乱れた翠蓮の気が、すぐに正常な流れを取り戻して巡り始めたのを見て目を見開いた。
(馬鹿な)
翠蓮の気と肉体の弱り様は、もう末期だった。本来ならば寝台に横になり、腕一本動かすのも大儀だろう。呼吸ですら苦しさを覚える段階のはずだ。それぐらいの弱り方だった。
(ここまでの症状を抑える薬だと? そんなもの、最早仙道の霊薬と同じではないか)
半ば無意識にそこまで考えて、ついで連想する。
出来る者が今、この蒼国にはいるではないか。
「その薬師とは、犬寿か」
「え? ええ……はい。然様にございます。ご存知でありましたか」
獣神将である狗侯が一介の薬師でしかない犬寿の名前を口にしたことに、翠蓮は若干不思議そうな顔をした。しかしその点について追及しようという気配はない。
万物を見通す仙界の住人の能力かと、己で解釈したようだ。
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