第11話

 凪さんたちが通っている高校は知ってる。凪さんが言ってたから。そこに行くには、最寄り駅から三十分くらい電車に乗る必要がある。


 カフェから徒歩五分くらいのところにある駅に駆け込んで、ちょうど来た電車に乗り込む。


 席に座った僕は、肩で息をしながらリュックからパソコンを取り出した。そしてヘッドホンをつける。


 今のうちに、曲を完成させる。きっと、今の凪さんに寄り添ってくれる曲だから。


 そもそも凪さんと僕が出会ったのは、僕の曲がきっかけだ。あの時は、凪さんは救われたような気持ちになった、だけだった。でも、今度は違う。救う。僕の曲で、救ってみせる。


 三十分ほどで高校の最寄り駅について、スマホのマップを見ながら走り出す。


「え……八代!?」


 声を掛けられたような気がしたけど、それは無視した。それに構っている場合じゃない。


 学校の校門を通り抜けて、昇降口から中に飛び込む。ちょうど下校時間で、制服を着た人たちが驚いた顔で僕を見てくるけど、気付かないふりをした。


 凪さんが学校のどこにいるかわからない。でも、僕が中学生の時、一瞬思ったこと。それを考えたら、凪さんがいる場所はあそこしかない。開いているかどうかはわからないけど、行くしかない。


 昇降口の壁にかかっていた見取り図を見て、階段の場所に検討をつける。


 この廊下を真っ直ぐ行った突き当たりにある階段に向かって、走り出す。


 この校舎は四階建て。二階の踊り場に来たところで、僕の足は止まった。


「あれ? 八代じゃーん」


 投げかけられた、嫌というほど聞き覚えのある声。流石に聞かなかったふりはできなかった。


 振り返ると、僕をいじめていたあの三人がいた。壁によりかかって、ニヤニヤしながら僕を見ている。


「あんた通信制行ったんでしょ? なんでここにいるわけ〜?」


「あ、わかった。愛海のことでしょ」


「あーなるほどねー!」


 わざとらしく笑ってる三人に、不快感を覚える。


「……君たちと話してる暇なんかないんだ。悪いけど、そこどいて」


 三人は、僕の進行方向を塞ぐように立っている。


「行かせるわけないじゃん。おもちゃがいなくなるのも困るしね〜」


 ……今、なんて言った?


「……おもちゃ?」


「そ。中学の時はあんたがおもちゃだったけど、高校なったら、愛海、ウチらと遊ぶの嫌がったんだよね」


「だから、今度は愛海をおもちゃにしたってわけ。まあでも、愛海も壊れそうだから、新しいおもちゃ探さないとね〜。あ、またアンタで遊んでもいいよ〜」


 ……この人たち、自分が言ってることわかってるのか?


「……なるほどね……そりゃあ笹原さんも嫌がるわけだよ」


 中学生の時は、面倒事に巻き込まれるのが嫌だった。だからいじめられていたことを先生に言わなかった。執筆の時間を取られるのが、何よりも嫌だったから。ちゃんと向き合ってこなかった。


「性格悪ぃなぁ……自分たちのやってきたこと、振り返ってみろよ」


 こんな乱暴な口調、使ったことない。でも、今は、構わない。


「犯罪者だぞ、お前ら」


 僕の口から、こんなにドスの効いた声が出るとは思わなかった。


「……っ」


 流石の三人も、表情が険しくなる。


「そこをどけ!」


 僕が勢いよく走り出すと、三人は慌てて避けた。


 僕はそのまま階段を駆け上がった。屋上の扉を体当たりするように開ける。僕の目の前の柵の向こうに――笹原さんが立ってた。


「笹原っ!」


 駆け寄ると、笹原さんはゆっくりと僕を振り返った。


「八代君……」


「何があったんだよ!?」


 これ以上近づいたら、笹原さんが消えてしまう気がして。僕は、笹原さんから一メートルほど離れた場所で立ち止まった。


「……最後に八代君と会った帰り道、あの三人に会ったの。小説書いてることも、八代君と会ってることも全部バレて……パソコン、奪われちゃったの」


 だから、連絡がつかなかったんだ。確か笹原さんは、スマホにはSNSアプリ入れてなかったから。


「……もう、全部嫌になっちゃって。全部奪われるくらいなら、終わらせる。でも、最後に、八代君に直接お礼を言いたかったの」


 ダメだ、このままじゃ……!


「……ありがとう、八代――」


「待って!」


 僕は、手に持ったスマホを操作した。音量を最大にして、再生ボタンを押す。


『――――♪』


 さっき電車の中で完成させた、新曲。


「……それって……」


 僕に背を向けようとしていた笹原さんが、また振り返る。


「あの日、作ってた曲。曲名は――トワイライト」


「トワイライト……」


「そう。日の出前の薄明かり」


 曲名を、夜明けを意味するデイブレイクにしなかった理由。


 僕の曲じゃ、太陽みたいな眩しい光を笹原さんに当てることはできないと思ったから。けれど、日の出前みたいな、薄明かりなら、照らせるかもしれない。そう思ったから。


 いつもならあまり使わない、男性のボーカロイドの優しい歌声が屋上に響く。


「笹原さん」


 僕は、泣きそうになっている笹原さんに手を伸ばした。


「……ありがとう、八代君」


 僕の手を握った笹原さんの頬に雫が流れる。


「笹原!」


「愛海!」


 僕の後を追いかけてきていた先生たちや生徒たちが、柵の内側に降りた笹原さんに駆け寄ってきた。


 その奥に、あの三人の姿もあった。険しい表情でこっちを見ていたけど、もう、関係ない。


 大丈夫。僕らは、夜明けに向かっているから。

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