第7話
確かあれは、九月の中間テストが終わったあと。
『ねぇ亜海。あいつ、キモイと思わない?』
そう言ってきたのは、中学校で仲良くなった同級生。けど、すぐ人の悪口を言ってくるし、気に入らない子のことを徹底的に無視したりしてたから、正直、なんで友だちになったんだろうなんて考えてた。その子の周りにくっついている二人も同じ。
『あいつ?』
その子の指差す先を見ると、窓際の自分の机でノートに何か書いている八代奏太がいた。
『席隣になったから話したんだけどさあ、すっごい根暗で陰キャだったんだよね。なんかずっとブツブツ言ってて怖いし、しかも授業中とか話聞かないでなんか書いててさ、あいつがトイレの間に見てみたの。そしたら詩みたいなの書いてたの!』
『詩?』
『多分歌詞じゃないかな。誰とも話さないでボッチでそんなん書いてるんだよ。キモイよね〜』
『そ、そうだね……』
私は曖昧に頷いた。
はっきり言って、私は八代奏太なんて今まで眼中になかった。
ノートに詩を書いてるのだってその時初めて知った。けど、私はそれに何も思わなかった。
私も音楽は好きだし、作曲まがいのこともしたことある。詩は書いたこと無かったけど。だから、その話を聞いてむしろ親近感さえ持った。
けど、私はその子に何も言えなかった。その子が私から離れていったら、私の友だちは誰もいなくなる。それが、怖かった。
小学校の頃から、友人関係は上手くいってなかった。だから、せっかくできた友だちをなくしたくなかった。一人は、すごく怖いから。
そこで止められてたら、なにか変わってたのかもしれない。でも、そうできなかったから、あんなことになってしまった。
『亜海ーねえ見てこれ』
その子が見せてきたのは、黒いシャーペン。
『あれ、こんなシャーペン持ってたっけ。買ったの?』
『えー違うよ。あいつの筆箱から取ってきたの』
『え』
驚いて八代君の席を見ると、ちょうど八代君が筆箱の中を漁っていた。
『だいぶ焦ってんねあれ。オモロー』
三人はアハハなんて笑ってるけど、私はその子のやったことを信じられなかった。
だってそれ、完全にいじめじゃん。
『それ……どうするつもりなの?』
思い切って、聞いてみる。もしかしたら、こっそり返すことが出来るかもしれない。
『んー、アタシはこんなのいらないし、あいつのロッカーにでも入れておこうかな』
その返事を聞いて、ホッとした。だって、ロッカーに入れてあるなら、いつか八代君の手元に戻ることになるから。
けど、事はそんなに簡単なものじゃなかった。
それから一週間くらいして、八代君の悪い噂が広まった。夜中に不良たちとタバコを吸っていたとか、他校の女の子を騙して金を巻き上げているとか、根拠の無い噂。
八代君は元々口数も少なくて交流関係も狭かったけど、噂が広まってからはさらに喋らなくなって、話しかける人もいなくなった。
噂の出処を突き止めるのは、はっきり言って無理。けど、私は出処を知っていた。その子が広めたんだ。
『亜海、これなんだけど』
その子が私の机に乗せてきたのは、八代君の体育着。
『え……盗ってきたの?』
『そう。これ、破いちゃお』
その子の手には、ハサミが握られている。
『いいじゃんいいじゃん! やっちゃお!』
他の二人も、面白がってハサミを持ってくる。そして、体育着を切り始めた。
『ほら、亜海もやんなよ!』
『いや、私は……』
やるどころか、止めたい、んだけど。
口は動いてくれなかった。
『えーやらないの?』
『あ……』
『つまんないなー』
その子が口を尖らせる。
仲間外れにされたくなくて、一人になりたくなくて。
『……ううん、やる』
偽物の笑顔を貼り付けて、私はハサミを持った。手が震えて、切った生地がガタガタになる。
なんでみんなは、そんなに楽しそうにできるの。
でも、それより。流されていじめに手を貸してしまった自分が、吐き気がするくらい嫌いになった。
それからも、八代君の教科書がビリビリになっていたり、物が行方不明になることが続いた。
そのほとんどに、私は手を貸した。断りきれなくて、貸してしまった。その度に、自分への嫌悪感が増していった。
でも、八代君は表情一つ変えなかった。無表情のままセロハンテープで教科書を直したり、ロッカーを探したりしていた。
それが気に入らなかったのか、三人はイライラとしていた。
そして、ある雪の日、決定的な事件が起きた。
その日、私は保健委員会の仕事があって、放課後に保健室に行っていた。仕事が終わって戻ってきた私は、教室の入口で足が止まった。
そこには、刃物でズタズタにされて雪まみれになった八代君のリュックが置いてあった。もちろん、リュックの中に入っていたものも斬られたり濡れたりしている。
慌てて教室を見回すと、隅にいる三人以外は誰もいなかった。三人はすごく嫌な笑顔をしていた。私の背中に、嫌な汗が流れる。
『ねえ、あれって……!』
私はすぐに三人に駆け寄った。
『これぐらいしないとあいつなんとも思わないかなーって思って。大丈夫! あいつ今先生のとこ行ってるし!』
三人は悪びれずに笑っている。私には、三人に恐怖さえ覚えた。どうして楽しそうに笑っていられるのか、理解ができなかった。
その時、八代君が教室に入ってきた。ボロボロになったリュックを見て一瞬足を止める。
けど、それでも、八代君は表情を変えなかった。ベランダでリュックの雪を払って、濡れた教科書やノートをハンカチで拭いていた。
その次の日から、八代君は不登校になった。
『やっといなくなってくれたー!』
三人はそう言って嬉しそうだったけど、私は罪悪感に押し潰されそうだった。
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