第6話

 それから、僕と凪さんは週一のペースで会うようになった。最初は固かった凪さんも、少しずつ話すようになってきた。


 会う度に、凪さんの執筆力が上がっていってる。まさか、こんなに才能があったとはね。



 そんな関係が続いて、一ヶ月。凪さんは、あるファイルを見せてきた。


「……これって」


 言われるままファイルをクリックした僕は画面に釘付けになった。


 それは、児童向けの長編小説だった。


「応募するために4万字書かなきゃいけないんだけど、まだ半分くらいしか書けてなくて。けど、見てもらおうと思って」


 凪さんの表情は、真剣だ。


 頷いた僕はタッチパッドを操作して、ざっと目を通した。


 主人公は、引っ込み思案な中学生の女の子。自分を変えたいと思っていた時、転校してきた大人気モデルの男の子からモデルにならないかと声をかけられて――っていうストーリー。


 確かに、小学生の女の子ってモデルに憧れてる子多いイメージだから、モチーフはいいんじゃないかな。


 それに、始まってすぐに誘われる展開があるから、途中で飽きなさそう。


 前に、物語の序盤に山場を入れると読み手を引き込めるって教えたけど、ちゃんと生かしてる。それに小学生相手だし、定期的に山場を作らないとワクワクさせられない。物語の終盤に山場があるのは当然だけど、児童小説はそこまで連れて行けるか、が重要だと僕は思ってる。


「……うん、モチーフは悪くないよ。それに、山場も定期的にある。言うとすれば、文章一つ一つが長い気がするから、もっと句読点を使った方がいいと思う。その方が小学生でも読みやすいしね」


「…………」


 小さく頷いた凪さんはパソコンを操作し始めた。


 凪さんはこうなると、しばらく集中している。


 何もしないで待ってるのもなんだし、僕も曲作ろうかな。ちょうど今、新曲を作ってたところなんだ。


 そばに置いたリュックからワイヤレスヘッドホンを出して、パソコンに接続する。


 これは、落ち込んでいる人に寄り添って励ましてくれる、そんな優しい曲にしたい。サビのメロディはもう頭の中に流れてるから、ソフトを使って楽譜に起こしていく。


 ……もうちょっと静かな方がいいかな。音を減らして……もっと暖かい雰囲気が欲しいな。


「違う……ここはもっと優しく……和音を増やして……」


「……さん……タさん……カナタさん!」


 名前を呼ばれて、びっくりして顔を上げる。凪さんが顔をしかめて僕を見ていた。


「あ……ごめん」


 僕は慌ててヘッドホンを外した。


「できたの?」


「いや、そうじゃなくて……急にブツブツ言い出したから、びっくりして」


「ああ……ごめん。考え事してると、いつの間にか独り言が多くなるんだ。小学校の頃から癖なんだよね」


「……だからか」


 凪さんが、ぼそっと呟く。その瞬間、ハッと口を押さえた。


「なに?」


 訊き返すけど、凪さんは困ったような顔をしている。


 ……そういう事か。


「――僕をいじめてた理由、でしょ」


 凪さんが目を見開く。



 目の前のカナタさんは、無表情のままわたしを見ている。


 私、口が軽いほうじゃないんだけどな。なんか、滑った。


「……はい」


 私はうつむいて、返事をした。だって、誤魔化す理由もない。こうやって仲良く創作をしているように見えても、私はずっと罪悪感があった。


 いつか話さなきゃいけないんだろうなって思ってたけど……カナタさんに強く言われたから、何も言えなかった。


「まあ別に、興味は無いけど」


 カナタさんは、再会したあの日と同じ目で私を見ている。何を考えているのか分からない、色の無い目。


「……話させて、欲しい。ここまで何も言わないできたけど、話さなきゃいけないと思ってたから。じゃないと私、これからも教えてもらうことなんてできない」


「…………」


 ため息をついたカナタさんはアイスが溶けかけているクリームソーダのグラスに手を伸ばした。何も言ってこないってことは……話していいって、ことだよね。


「……中学校に入学した時は、地味なやつってしか思ってなかったの。目を付け出したのは、中三の秋ぐらい。でも、私からいじめだしたんじゃなくて……私の、が手を出し始めたの」

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