第5話

 と、「お待たせしましたー」と店員さんがさっき笹原さんが頼んでいたアイスミルクティーを持ってきた。


 それをストローで一口飲んだ笹原さんは、持っていたトートバッグからノートパソコンを取り出した。


「……小説、見てもらってもいい?」


 そう言えば、その件で待ち合わせしたんだった。びっくりしすぎて忘れてたよ。


「いいよ、


 パソコンを操作していた凪さんは僕の言葉にハッとした。けれど、すぐに真剣な表情になる。


「……お願いします、


 凪さんは軽く頭を下げてからパソコンの画面を僕に向けて差し出した。


 僕はタッチパッドに指をスライドさせて、小説にざっと目を通した。


 内容としては、高校のテニス部を舞台にした男女の恋愛小説。短編くらいの長さで一応完結してるみたいだけど……伏線回収できていないし、キャラの性格が一貫してない。


 ……そう言えば、凪さんはテニス部だったっけ。だからかな。テニスの試合をしているシーンはよく書けてる。状況が頭に浮かんでくる。


 僕は画面から目を離し、もうアイスが溶け切ったクリームソーダを飲んだ。


「……どうでした?」


「えっと」


 グラスを置いた僕はパソコンを凪さんに押しやった。


「まず、プロットをしっかり作るほうがいいかも。あとキャラ設定も。恋愛小説って言うのはわかるんだけど、キャラの性格が一貫してないし途中で脱線しかけてるからうまくまとまらない話になってる。ただ、テニスの試合のシーンはうまく書けてるから、書く力はあると思うよ」


 凪さんは頷きながらパソコンの画面を見た。


「あと、もう一つ重要なこと。――凪さん、わざと文体変えてるでしょ。僕と被らないために」


「あ……」


 小さく声を上げた凪さんは小さく頷いた。そして結露で覆われたグラスを手に取った。


「書いた文章がよく読んでる文体に似るのは仕方ないものだから、無理に変える必要なんてない。凪さんに合う文体がそれなら、それでいいんだ。でも、人によってボキャブラリーや知識は違うから、全く同じになんてならない。無理やり変えてるおかげで、読みにくくなってるところもある。だから、もっと自分の思うように書けばいいんじゃないかな?」


「合う文体……」


 ストローから口を離した凪さんは、しばらく考えたあと、パソコンのキーボードに指を滑らせた。そして、また僕に画面を見せてくる。


 それは、小説の冒頭部分のシーンだった。ヒロインが素振りをしているシーン。さっきより僕に似た文体で書かれている。そのおかげで、女子の性格や仕草が分かりやすくなってる。


「……うん、こっちの方がいいと思う。一回書き直してみて、終わったらまた見せてくれる?」


「え?」


 凪さんは驚いたような表情で僕のことを見つめている。


 ……僕、そんなに驚かれるようなこと言ったかな。


「……それって」


「また相談乗るよ、ってこと。今度はいつ、ここに来れそう?」


 凪さんの顔が、微かに輝いた気がした。

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