第4話
一週間後。僕は、行きつけのカフェのボックス席に座っていた。赤レンガ造りのレトロなカフェで、すごく落ち着く。しかもマスターの腕が良くて、僕のお気に入りはクリームソーダとコーヒーゼリーのセット。
週一はここに来て、執筆をしてるんだ。裏路地にあるから静かだし、来る人も常連が多いし。そういう僕も常連なんだけど。
凪さんとの約束まであと十分。それまでに、キリの良いところまで書いておきたい。
パソコンのキーボードを叩いていると――
「えっ」
驚いたような声が聞こえた。本気で驚いたときの、息が詰まるような声。
顔を上げた僕は表情が引きつった――と思う。
だって、そこにいた女子は――中学生の時、僕をいじめていた同級生だったんだから。
「え……八代……君……?」
流石に驚いて口が開いたけど、すぐに表情を戻す。
「……凪って、君だったんだね。
僕がそう言うと、白い半袖シャツにサロペットを着た女子――笹原さんは気まずそうにうつむいた。
「……とりあえず座ったら? そこに立ってても迷惑だろうし」
パソコンを閉じながら言うと、笹原さんはぎこちなく僕の向かいに座った。
……まあ確かに、知り合いの可能性は考えていたけど、まさかこの人だとはね。
僕は、中学校でいじめられていた。陰キャだとか、根暗だとか、そういうくだらない理由で。不登校にもなった。けど、病んだとか、そういうんじゃない。単純に、そんなやつがいるところに行く必要はないと思ったから。
自慢じゃないけど勉強ははそこそこだったし、授業をちょっと受けなくても理解できるくらいではあった。
執筆や作曲に本気で打ち込み始めたのはその頃で、通信制高校に通おうと思ったのもその頃。
だからこの人生を歩ませてくれた笹原さん達には感謝したいくらいだけど……笹原さんはそうは思えないだろうな。
「……帰れって、言わないんだね」
店員さんが注文を取りに来た後、しばらくうつむいて黙っていた笹原さんが少し掠れた声で言った。
「……まあ、別に、君たちのこと恨んではいないから」
「え……」
笹原さんが驚いたように顔を上げる。
……そんなに驚くことかな。
「そりゃ当時は少し怒ったけど。執筆や作曲に打ち込むきっかけにもなったし、なんとも思ってないよ。……まあ、それに惹かれたのが君なのは、だいぶ皮肉だけどね」
「……怒って、ないの?」
「ないって。僕、そんなに根に持つタイプじゃないし」
出された水を一口飲んだ笹原さんはそっと息をついた。
「……ごめんなさい。謝ったって、許されることじゃないけど、でも――」
「そういうのいいよ。そっちの方が気まずくなる」
……つい、口調が強くなった。
笹原さんは口をつぐみ、うつむいた。
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