第2話

「奏太、お昼だよ」


 部屋のドアをノックした母さんが顔を出す。


 パソコンの時計を見ると、午後十二時半と表示されている。


 もうそんな時間なんだ。四時間くらい作業してたな。


「うん」


 僕は曲を止めてヘッドホンを外し、立ち上がった。



 僕は高校二年生だ。でも、ボカロPであり、作家でもある。


 中学生の時から趣味程度で活動していたけど、どうやらたくさんの人が僕の作品を気に入ってくれたらしく、今ではそこそこの人気がある。そしてそれを職業にしたいと思った僕は、通信制高校に入学した。


 専門学校に行く手もあったけど、投稿ペースが落ちるのが嫌だった。通信制高校なら、時間を自由に使えるし、それに……学校に行かなくていいから。



 階段を一段降りる度に、部屋にいた時から微かに漂っていた香ばしい匂いが強くなっていく。リビングに入ると、ダイニングテーブルの上には大皿に盛られたフレンチトーストが乗っていた。僕の好物だ。


「いただきます」


 皿に乗せたフレンチトーストにはちみつとシナモンをかける。色々食べ方はあると思うけど、僕は断然これ。これが最強。


 母さんはシナモンだけかけている。


 僕が好物だからよく作ってくれるフレンチトーストだけど、母さんは甘いものが好きじゃなくて、砂糖はあまり入っていない。だから僕はその分、はちみつをかけるんだけど。


「奏太、今はどんな感じなの?」


 フレンチトーストを半分ぐらい食べたところで、母さんが訊いてきた。


「今ちょっと両方行き詰まっちゃってるんだ。もうちょっとでいいアイデアが出そうなんだけど……」


「そっか。勉強は?」


「あともう少しでレポートが終わるところ。今週末提出だから、全然間に合うよ」


 母さんは、僕の創作活動を応援してくれてる。父さんも、最初はあまりいい顔をしなかったけど、今は参考書を買ってきてくれたりしてる。


「ごちそうさま」


 空っぽになった皿とフォークをシンクに持っていって、洗う。


「あ、奏太」


 部屋に戻ろうとした僕を、母さんが呼び止めた。


「何?」


「明日、私朝から出かけるから、家の事お願いね」


「うん」


 頷いた僕は階段を登って部屋のドアを閉めた。


 母さんは基本在宅勤務だけど、明日は会社に行く日なのか。明日の昼はカップラーメンかな。


「……小説書くか……」


 休憩したおかげで少し頭がスッキリしたから、アイデアが出てきそう。


 スリープモードのパソコンを操作して、小説投稿サイトを開く。こっちも通知溜まってるな……


「……あ、この人」


 今連載している恋愛小説の一話目から最新話まで全部いいねがついていた。それをつけていたのはさっきの凪さんだ。


「一気読みしてくれたんだ」


 コメントもついてる。


『一行目からすんなり読み込めて、あまり文章を読まない私でも一気に読んでしまいました。続きが楽しみです』


 ……だって。


 やっぱり、こういうことを書かれると嬉しいよね。作家としては、『続きが楽しみ』って一番嬉しい言葉だと思ってる。


「……よし、やるか」


 伸びをした僕は椅子に座り直して、キーボードを操作した。

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