トワイライト

瑠奈

第1話

「えっ」


 驚いたような声が聞こえた。本気で驚いたときの、息が詰まるような声。


 顔を上げた僕は表情が引きつった――と思う。


 だって、そこにいたのは――僕をいじめていた同級生だったんだから。



『冗談でしょ』『なに考えてるの』『親不孝だね』『自分のことしか考えてないじゃん』


 そんなことを死ぬほど言われた。


 もちろん、傷つかなかったわけじゃない。でも、父さんも母さんも僕のことをちゃんと理解してくれてた。自分の好きなことをして何がいけないんだよ。確かに、親の負担を考えたら間違った道なのかもしれない。それでも、父さんも母さんも認めてくれたから。


 僕は、自分の好きなことを思い切りできる。



 頭につけたヘッドホンからバラード調の曲に乗せて機械の歌声が聞こえる。キーボードを叩いていた僕――八代やしろ奏太そうたは手を止めた。


「……だめだ。なんか違う」


 キャスター付きの椅子に座っていた僕は椅子を少し動かし、目の前にあったノートパソコンから別のモニターに移動した。


 なんとなく、自分が思っているのと違う。


「なんだろう。盛り上がりが足りないのかな。クレシェンドをもっとかけて、和音を増やして……」


 マウスやキーボードを使って、モニターに映された楽譜を直していく。


 ……まだしっくり来ない。


「でも、早く続きも書かないとな……」


 僕はさっき見ていたノートパソコンの前に戻った。画面には執筆アプリのページが開かれていて、キーボードを叩いて画面に文章を書いていく。


「だから僕は……君を探してて……違うな」


 こっちもうまくいかない。


 打ち込んだ文章をバックスペースキーで消し、ヘッドホンから流れる曲に合わせて机をコツコツと叩く。


「……うーん、今日は更新するの無理そうだな……」


 僕は別のウインドウを開いた。そこには、動画投稿サイトのページが表示されている。通知のボタンには通知が来ていることを示すマークがついている。


 通知のページを開くと、新規の通知がずらりと並んだ。


「新曲、思ったより伸びてるな……ん?」


 スクロールしていた僕はふと手を止めた。『待ってました!』とか『感動!』とかのコメントが多い中、『救われました』と書かれている。しかも、一ヶ月前にアップした新曲じゃない。一年前にアップした曲についている。


「…………」


 その曲は僕が作った曲の中で一番再生回数が高い。だから今でもコメントはつくんだけど……


「『救われた』か……」


 気になった僕はそのコメントをクリックした。全文が表示される。


『この曲を聴いて、救われたような気持ちになりました。私はカナタさんと同じ、高校二年生です。学校でいじめられていて不登校で、本気で死のうかと考えていたとき、この曲が流れてきました。なんとなく聴いてみたんですけど、少し生きててもいいかなって思えるような曲でした。ありがとうございます』


 カナタは僕のハンドルネームだ。コメントを送ってきたのはなぎという人らしい。


「……良かった」


 ふと、独り言が出る。


 別に、誰かのために作ってるわけじゃない。作曲も作詞も執筆も、自分が好きだからやってる。それでも、誰かの心に届いたってことだよね。それは……嬉しい。

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